宇多田ヒカル『Fantôme』が音楽シーンの在り方を変える? 9月28日発売の注目新譜5選

 その週のリリース作品の中から、押さえておきたい新譜をご紹介する連載「本日、フラゲ日!」。9月28日リリースからは、 宇多田ヒカル、米津玄師、TK from 凛として時雨、山崎まさよし、Base Ball Bearをピックアップ。ライターの森朋之氏が、それぞれの特徴とともに、楽曲の聴きどころを解説します。(編集部)

宇多田ヒカル『Fantôme』(AL)

 『MUSIC STATION ウルトラFES』(テレビ朝日系)、『SONGS スペシャル』(NHK)など5年数カ月ぶりとなる歌番組の出演でも注目を集めている宇多田ヒカルのニューアルバムがついに発売される。RealSoundをはじめ、すでに多くのメディアでレポートされているが、本作は彼女のキャリアをまったく違う次元に引き上げると同時に(1stアルバム『First Love』と同様に)この国の音楽シーンの在り方を根本から変える可能性を持った傑作だ。

 本作の背骨になっているのは、もちろん彼女自身の歌。そこには「人間活動」宣言による活動休止、母・藤圭子の死去、自身の結婚と出産などによって生まれた人生観、人間観、家族観が反映されているが、宇多田は自らの内的変化を客観的に捉えながら、決して感情に溺れることなく、冷徹かつ論理的に音楽に導くことに成功している。人間としていちばん大事なことを的確に伝えるには何が必要かーーその徹底してクールな姿勢こそが、『Fantôme』の源なのだと思う。本作を聴いている間、リスナーもまた、自らの内側の深い部分をどうしても見つめなくてはならないだろう。しかし、それは決して苦しいことではない。アルバムを聴き終わった後は、おそらく宇多田自身と同じような、透き通った感情に包まれていることに気付くはずだから。(※『Fantôme』全曲レビューはこちら

米津玄師『LOSER / ナンバーナイン』(SG)

 昨年10月にリリースされたアルバム『Bremen』がチャート1位を獲得。中田ヤスタカが手がけた映画『何者』の主題歌「NANIMONO feat.米津玄師」に参加するなど、活動のスケールとフィールドを拡大し続ける米津玄師が『アンビリーバーズ』(2015年9月)以来、約1年ぶりとなるシングルをリリース。「LOSER」「ナンバーナイン」の両A面による本作は、米津の新たな音楽物語が始まったことを告げる、最初のアクションと言っていいだろう。

 街の風景を想起させるSE、フッと息を吸い込む音から始まる「LOSER」は、ストリートをテーマに制作されたというナンバー。ファンクミュージックにも通じる躍動感に満ちたトラック、感情の起伏をカラフルに描き出すようなメロディとともに米津は<愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね>という率直な言葉を投げかけている。一方の「ナンバーナイン」はルーブル美術館特別展『ルーヴル No.9〜漫画、9番目の芸術〜』の公式イメージソング。言葉、旋律、トラック、ミックスを含め、細部まで緻密に構築されたこの曲は、ポップカルチャーという芸術の魅力を端的に描き出している。

 これまで以上に直接的なコミュニケーションを求めながら、アートフォームとしての精度も大きく向上。米津の創造性はここから、さらなる飛躍を果たすことになりそうだ。

米津玄師「LOSER」

TK from 凛として時雨『white noise』(AL)

 シングル『Secret Sensation』『Signal』を含む3rdアルバム。緊張感に溢れたオーケストレーションを軸にした前半部、オペラのようにドラマティックな展開を見せる後半部のコントラストが際立つ「white out」、ノイジーな爆発力を備えたイントロ、スピード感と鋭さがぶつかり合うギターサウンド、“抒情的な攻撃性”とでも形容すべきボーカルが絶妙なバランスで共存する「Showcase Reflection」、印象派のクラシックにも似た絵画的な音像を持つバラードナンバー「罪の宝石」、耽美的な空間を生み出すギターのエフェクトをはじめ、丁寧に構築されたサウンドデザインが印象的な「invalid phrase」。ドイツ・ベルリンでレコーディングされた本作は、音響系、オルタナ、シューゲイザー、ラウドロックなどのテイストを自在にコントロールしながら、独創的なサウンドスケープを実現させた作品に仕上がっている。美しく、幻想的な映像を喚起させる楽曲が堪能できる、彼のキャリアを代表するアルバムと言えるだろう。

TK from 凛として時雨「Signal」

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