渡辺志保が選ぶ、年間ベスト・ヒップホップ・アルバム10 話題作続出のシーンを振り返る

Rapsody『Crown EP』
Chance The Rapper『Coloring Book』
YG『Still Brazy』
Noname『Telefone』
Kanye West『The Life of Pablo』
J. Cole『4 Your Eyez Only』
Future『Evol』
Drake『Views』
Travis Scott『Birds in the Trap Sing McKnight』
Kamaiyah『A Good Night in the Ghetto』

 ケンドリック・ラマーやDr.ドレーのアルバム・リリースに沸いた2015年に続き、ヒップホップ・シーンにおいては本年もまた、良作が多くリリースされた一年となった。ここには、無料で発表されたミックステープやストリーミング・アルバムも含む2016年のべスト・ヒップホップ・アルバム10選を記す。

 今年の傾向として、まずは“アルバム”の定義がよりドラスティックに変化していることを挙げたい。ヒップホップ作品ではないが、リアーナは新作『ANTI』(ちなみにこのアルバムはリアーナによる自主レーベルからのリリース作第一弾だ)をまずは無料で配布し、ビヨンセはテレビ番組の60分枠を使ってヴィジュアルとともにアルバムを発表。フランク・オーシャンもストリーミング中継を模した作品『Endless』をリリースしたあとに本アルバム『Blonde』を発表するという奇天烈な戦法だったし、カニエ・ウエストに至ってはストリーミングのみでアルバムを発表したあとに、収録曲を差し替えたり訂正したりするほどで、自身のそれを音楽アルバムではなく“現代アート”と呼んだほどだ。チャンス・ザ・ラッパーも、往来の無料ミックステープとは異なりApple Musicのストリーミングに限定した形で新作を発表し、その作品パワーはこれまで無料作品は受賞対象外とみなしていたグラミー賞の委員会までを動かしたほどだ。特にヒップホップはシングル単位、そしてストリーミングやYouTubeで単曲での視聴が多いジャンルである。そんな中、まとまった楽曲をアルバムという形にはめ込んで、その枠のなかでどれだけ自己表現を追求しているかが、いいアーティストの定義の一つではないだろうかとつくづく感じた次第だ。そういった意味では、自身の友人である「ジェイムス」という一人の男性の一生と現代のアメリカ社会が抱える問題を見事に描き切ったJ.コール『4 Your Eyez Only』が白眉だし、西海岸の危険都市・コンプトンのギャング・ライフを主観的なドキュメンタリーとしてラップしたスクールボーイ・Q『Blank Face LP』も鋭いナイフのような味わいで何度も聴きたくなる作品だった。

 そして、全米、いや全世界を混乱に巻き込んだ米大統領選の影響を受けた楽曲が多かったのも2016年らしい傾向であろう。コンプトン出身のギャングスタ・ラッパーであるYGは「ファック・ドナルド・トランプ」と潔く啖呵を切る「FDT」を発表し、ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』にも参加した女性MC、ラプソディーは女性の立場から大統領選挙後の心境を鮮やかに描いてみせた。本リストには入れられなかったが、ア・トライブ・コールド・クエストによる18年ぶりの新作『We got it from Here... Thank You 4 Your service』に関しても、この時代だからこそ、ベテランである彼らがわざわざペンとマイクを取る衝動に駆られたことが伝わる出来栄えであった。

 さらに、前述したラプソディのほか、オークランドの若手MCであるカマイヤーやシカゴを中心に活動するノーネームら、既存のフィメールMC像(必要以上にセクシーで過激なあのイメージだ)に捉われぬ主張高らかな女性ラッパーによる作品群も素晴らしかったし、ビヨンセのヴィジュアル・アルバム『Lemonade』やその妹であるソランジュの『A Seat at the Table』と同じく、彼女たちからは多くの勇気をもらったし、その機微に富んだ表現力も十分に楽しませてもらった。

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