春ねむり、存在と言葉が与えるインパクトーーポエトリーラップで紡がれる“いのち”の叫び

春ねむり、存在と言葉が与えるインパクト

 春ねむり……この名前から受ける、穏やかな春の陽射しのようなほんわかした印象。そんな雰囲気とはかけ離れた、目の前でナイフを突き付けられ「貴方は本当に生きているのか」と問われる場所、それが春ねむりさんのライブです。

春ねむり「東京」

 初めて彼女のライブを観たのは、ステージと客席にほとんど段差がないクラブ・中目黒solfaでした。小柄で大人しそうな女の子がいるなぁと思っていたら、目の前のその人が突然歌い出し、瞳をギラギラ輝かせて「ロックンロールは死なない!」と叫んだので仰天しました。いつの間にかその場の全員が拳を突き上げ、声を震わせて一緒に叫び、高まっていくフロアと共に春ねむりさん自身もどんどん熱を上げていくのが伝わり、「今ここ」がどこよりも熱い場所だと一点の曇りもなく信じられました。

 名前の印象通りの可愛らしく耳触りの良い声に騙されそうになりますが、その声が吐き出す歌は、この理不尽な世界への苛立ちと、絶望の中から希望を掬い上げようとする強い意志を持ち、ポエトリーラップのスタイルで流れる水のように紡ぎ出される言葉たちに、ぼんやりと生きている自分は平手打ちを食らわされ、気付けば一緒に「ロックンロールは死なない!」と叫んでいます。

 歌詞には「いのち」に関する言葉が頻繁に出てきます。毎日生まれては消えていくいのち、思いがけず急に奪われるいのち、自ら絶たれるいのち、愛され慈しまれるいのち。全てが平等ではないけれど、今いのちを持っている人はどうかそれを使い切ってくれという切実な叫び、どうか届いて欲しいと願っている真摯な姿に、自分自身の生きる態度を問われているような気がしました。

 ドリンクと食事を春ねむりさんが給仕してくれる喫茶やスナックのようなイベントも行い、ご本人の可愛らしい外見もあって、「アイドル」として見られることも多いようです。春ねむりさん自身は、アイドル視されることを拒否しており、「可愛い女の子」が歌っているから音楽を聴くのではなく、男も女も老いも若きもないたった一つの「いのち」として、音楽がこの世界に響き渡ることが、彼女の本当に求めている形なのかもしれません。

 けれども、寂しげで物静かな文学少女が呟くように歌い始め、徐々に熱を帯びてきて迫力を増し、観客の前で魂をむき出しにしてゆく様は、他のどんなアイドルのパフォーマンスでも見たことのない種類の美しさでした。

 肉体の外側から世界を見つめる彼女の生きる態度が、崇拝される存在としての本来の意味の「アイドル」であるようにも思えます。

春ねむり「いのちになって」

 この汚れきった世界で綺麗なまま生きて行くことなんて不可能だけれど、自分自身の中にある純粋なものを結晶化して死ぬまで守り続けることはできる、それが春ねむりさんの歌う「いのち」なのかもしれないと、ヘッドフォンから溢れ出す言葉の海を漂いながら思いました。

■松村早希子
1982年東京生まれ東京育ち。この世のすべての美女が大好き。
ブログにて、アイドルのライブやイベントなどの感想を絵と文で書いています。
雑誌『TRASH-UP!!』にて「東京アイドル標本箱」連載中。
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