中森明菜、“80年代の社会現象”を通して表現した35年の軌跡 カバー&オリジナル盤を読み解く

中森明菜が最新2作で表現した35年の軌跡

 11月8日、中森明菜の新作カバーアルバム『Cage』、そしてオリジナルアルバム『明菜』が2枚同時にリリースされた。いずれも「80年代の社会現象を表現する」というコンセプトのもとに制作されている。すでに『歌姫』シリーズや、昨年発表した傑作『Belie』などカバーアルバムを多数生み出している彼女にとって、今さら振り返りは必要はないのではと思ったが、実際にこれらの2枚を聴くと、想像を絶する彼女の歌世界が広がっていて驚かされるのだ。

 一枚は、『Cage』というカバーアルバムである。テーマは80’sのディスコ。それも、ユーロビート全盛時、ボディコン、ワンレン、お立ち台といったキーワードで語られるバブル期からバブル崩壊前後にかけての洋楽ダンスヒットを歌うというものだ。マイケル・フォーチュナティ、ステイシー・Q、ボーイズ・タウン・ギャングといった当時のチャートを賑わせた名前を羅列するだけでも、リアルタイム世代には独得の甘酸っぱい感情を呼び起こさせられる。なかには、ユーリズミックスやブロンディといった明菜らしい骨太な洋楽カバーもあるのだが、全体的には軽薄な時代の象徴のようなヒットチューンを並べ、見事にあの時代のざわついた空気感を浮かび上がらせる。

 さらにその中には日本語カバーもいくつか含まれており、これらは、明菜と同時代に活躍した荻野目洋子、長山洋子、BaBeといった80’sアイドルたちの出世曲でもある。言い換えれば、ダンスポップを歌っていたアイドル歌手へのオマージュにもなっている。アイドルの王道からアーティスティックな方向へとシフトしていった明菜だが、一歩踏み入れるレールが違っていれば、ユーロビート・カバーでヒットを飛ばすアイドルだったかもしれない。そんな仮説を検証していくような面白さが、この『Cage』にはふんだんに盛り込まれているのである。アレンジも比較的当時のサウンドを踏襲しており、あえて今っぽさを押し出さない方向性も含めて、この時代へのこだわりが感じられる。

 こういった80年代への関心は、もう一枚のアルバム『明菜』からも同様に感じられる。本作のコンセプトは、なんと“角川映画”がモチーフになっているという。角川映画というと、70年代末から80年代にかけて、メディアミックスを巧妙に仕掛けた大作映画のイメージが強い。『犬神家の一族』を始めとする金田一耕助シリーズや、『野性の証明』、『人間の証明』、『復活の日』といった巨額を投資して作り上げられたスケールの大きな映像だけでなく、原作本や主題歌にいたるまで徹底的に角川がイニシアチブを取って作品をヒットさせていた。そして、『セーラー服と機関銃』以降は、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子が女優兼シンガーとしての立ち位置を明確化し、新しいスタイルのアイドルとなっていった。彼女たちもまさに明菜と同世代である。

 こういった角川映画のオマージュといっても、アルバム『明菜』は全曲オリジナルのため、直接的に角川映画っぽさがあるわけではない。しかし、楽曲を聴き進めてみると、金田一耕助が謎に迫るシーンに合いそうなダークで神秘的なナンバーはあるし、少し切ない少女性を感じさせる歌詞などは、まさにデビュー当時の薬師丸ひろ子を思い出させる。例えば、「まぼろし」の歌詞は、薬師丸の「探偵物語」や原田知世の「時をかける少女」を彷彿とさせるなど、深読みできる箇所はいくらでもあるのだ。また、冒頭の「メリークリスマス -雪の雫-」が、8曲目の「fate ~運命のひと~」と、同じ曲の歌詞違いであり、その後にエンドタイトルのようにオルゴールバージョンが流れるという構成も映画的である。

 繰り返すが、中森明菜は、ダンスポップを踊り歌うアイドル歌手にはならなかったし、角川映画の主演を演じるアイドル女優でもなかった。彼女は彼女自身の道を歩み、日本を代表するアイドルとして頂点を極め、そして実力派歌手へとシフトしていったのである。しかし、その違いは、実力や自身の意志だけでなく、ちょっとしたタイミングだっただけかもしれない。ボタンをひとつ掛け違っていれば、どうなっていたかわからないのだ。いわば、運命によって決められ、そして進んでいった彼女の軌跡を振り返る企画盤というと、大げさだろうか。デビュー35周年という節目ならではの本気度の高いこれら2作品を聴いていると、一種の偏執的な凄みを感じるのである。

■栗本 斉
旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。

Blog:http://blog.livedoor.jp/tabi_rhythm
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■リリース情報
ディスコカバー『Cage』
2017年11月8日(水)発売
・初回盤(CD+DVD)¥4,100(税込)
・通常(CDのみ)¥3,240(税込)

<CD収録曲>
M-1, BE MY LOVER
M-2, VENUS
M-3, INTO THE NIGHT
M-4, CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU
M-5, Give Me Up
M-6, ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)
M-7, TWO OF HEART
M-8, SWEET DREAMS(ARE MADE OF THIS)
M-9, CALL ME

<DVD収録内容>
35周年記念映像

オリジナルアルバム『明菜』
2017年11月8日(水)発売
・初回盤(CD+本人ビジュアル2018年カレンダー/CDサイズ)¥4,100(税込)
・通常盤(CDのみ)¥3,240(税込)

<CD収録曲>
M-1, メリークリスマス -雪の雫-
M-2, Amar es creer
M-3, 雨音
M-4, まぼろし
M-5, La.La.Bye
M-6, Amore
M-7, ひらり -SAKURA- 明菜version
M-8, fate ~運命のひと~
M-9, メリークリスマス -雪の雫- オルゴールversion

■ライブ情報
『AKINA NAKAMORI DINNER SHOW 2017 CLUB NIGHT』
11月13日(月)・14日(火)大阪・ハイアットリージェンシー大阪
11月17日(金)兵庫・ホテルオークラ神戸
11月20日(月)福岡・ホテルニューオータニ博多
11月23日(木)徳島・JRホテルクレメント徳島
11月28日(火)高知・ホテル日航高知旭ロイヤル
11月30日(木)長野・ホテル国際21
12月3日(日)滋賀・ロイヤルオークホテルスパ&ガーデンズ
12月5日(火)栃木・ホテル東日本宇都宮
12月7日(木)鹿児島・城山観光ホテル
12月11日(月)石川・ANAクラウンプラザホテル金沢
12月14日(木)神奈川・横浜ベイホテル東急
12月18日(月)・19日(火)・20日(水)愛知・名古屋観光ホテル
12月22日(金)千葉・ホテルニューオータニ幕張
12月24日(日)・25日(月)東京・グランドニッコー東京台場

中森明菜オフィシャルサイト

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