三宅伸治&山崎まさよし&石塚英彦鼎談 三宅の音楽はなぜミュージシャンに愛される?

三宅伸治はなぜ音楽家に愛される?

 三宅伸治のデビュー30周年を記念して、2枚組・30曲入りのトリビュートアルバム『ソングライター』が12月20日にリリースされる。ザ・クロマニヨンズ、斉藤和義、グループ魂の暴動こと宮藤官九郎、Mr.Childrenの桜井和寿、竹原ピストル、ゆず、大竹しのぶ&ナタデココ、果ては仲井戸“CHABO”麗市や友部正人や木村充揮や有山じゅんじ、金子マリといったレジェンドまで、30曲すべて違うボーカリストで構成された、メンツといいボリュームといいクオリティといい、前代未聞なアルバムになっている。

 MOJO CLUBでデビュー以降、THE TIMERSやLittle Screaming Revueや、NICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNSで忌野清志郎の片腕であり続け、他もさまざまなアーティストのサポートや曲提供やプロデュース等を手がけてきた三宅伸治は、なぜそのように、長きにわたって多くのミュージシャンたちに必要とされ続けるのか。

 三宅伸治プロデュースで音楽活動をしており、今作にも三宅・グレートマエカワ(フラワーカンパニーズ)らとのバンド、オーバーオールズで参加している石塚英彦と、同じく参加者のひとりで、12月23日に大阪なんばHatchで行われるトリビュートライブ『三宅伸治30周年 祝! 大宴夜 in 大阪』のオーガナイザーである山崎まさよしに、三宅とともに語ってもらった。(兵庫慎司)

「上京して一発目のスタジオ仕事が、三宅さんの曲でハープとギター」(山崎)

ーーまず、お三方の関係性からうかがいたいんですが。三宅さんと山崎さんは?

三宅伸治(以下、三宅):ええと……話せば長くなりますね、こりゃ(笑)。

石塚英彦(以下、石塚):山崎さんは、最初は仕事でしょ?

山崎まさよし(以下、山崎):そうなんですよね。僕は上京して一発目のスタジオの仕事が、永瀬正敏さんの『CONEY ISLAND JELLYFISH』(1993年)というアルバムで、ハープとギターを弾いたんですけど。その「煙」という曲を書いてらっしゃったのが三宅伸治さんで。三宅さんが楽曲を提供して、僕がスタジオに弾きに行ったっていうのが、いちばん最初でした。その時は三宅さんはスタジオにいなかったんですけど。

 で、けっこう経ってから……(忌野)清志郎さんの、「ロックンロール研究所」という自宅スタジオがあって。ドラムの宮川(剛)くんが、清志郎さんのバンドで叩いていて、いきなり「一緒にロッ研行かない?」って言われて。「行く行く、絶対行く!」って、行ったら、三宅さんが体育座りでライブの映像を観てた(笑)、というのがいちばん最初ですね。

左から、三宅伸治、山崎まさよし、石塚英彦。

ーー石塚さんと三宅さんは?

石塚:僕はねえ、アニキ(三宅)と共通の知り合いが主催するライブが、代々木の駅のそばのライブハウスであって。

ーーZher the ZOOですか?

三宅:そうです。あそこができたばっかりの頃。

石塚:そこでのイベントに、アニキと俺が呼ばれて。それまで僕はあんまり、人とメルアドとか交換するタイプじゃなかったんですけど、メルアドを交換してもらったんですよ。

 その直後にですね、「これを歌いませんか?」って、アニキが僕に「笑っているよ」っていう歌を作ってくれまして。吉祥寺の曼荼羅で、アニキに呼んでいただいて、歌わせていただいたのが最初のステージでの共演です。

三宅伸治(左)と山崎まさよし(右)。

三宅:僕はテレビで石塚さんを観ていて、ファンだったんですよ。その代々木のイベントに出る時に、出演者を見たら「石塚英彦」って書いてあって。同じ名前の人いるんだなと思ったら、本人で。しかもリハの時に、RCの曲を……「スローバラード」でしたよね。

石塚:はい、そうです。

三宅:歌っていて、それでぶったまげて、声をかけたんです。そのあとに、石ちゃんが僕の誕生日のお祝いに来てくれるっていうんで、曲を作って。

石塚英彦

石塚:誕生日祝いに行ったのに、逆にプレゼントをいただいちゃって。それ以降も……僕、(NINTENDO)DSで曲を作ってるんですね。バンドのみんなにそのDSを聴かせて、演奏をしてもらってたんですけど。

 で、アニキにそのDSの曲を聴いていただいて、それで形になった曲がいくつもありまして。だから、僕の中では、DSからみんなが聴く曲に変えてくれた人っていうか。すごい人なんですよ、「ああ、この曲がこんなふうになるんだ!?」っていう。またアニキがね……まあ本当に怒らない人で。

三宅:(笑)。

石塚:「笑っているよ」のレコーディングの時も、ほんとに優しい目で。スタジオのガラス越しで見て優しい人ってあんまりいないんですけど、すごくいい空気にしてくれて。今こうやって音楽をいろんなところでやらせていただいてるのは、アニキとの出会いからですね。

三宅:それで……僕、6〜7年前から、宮崎でイベントをやってまして。宮崎が口蹄疫でダメージを受けた直後に始めたんですけど、石ちゃんにまず声をかけて。石ちゃんが宮崎牛を食べて「まいうー」って言ってくれたら、最大の力になるんで。そのイベントに山崎くんも毎回参加してくれて。そこからこの3人が、毎年いろんな場面で会うようになったんです。

「三宅さん、ほっとくと人のプロデュースばっかりする」(山崎)

山崎まさよし

ーー今回の『三宅伸治30周年祝!大宴夜in大阪』は、山崎さんが中心なんですよね。

山崎:そうですね。オーガナイズというんですかね? 1年以上前に三宅さんが「来年デビュー30周年なんだけど、自分で自分の30周年をプロデュースするのって、なんか変でしょ?」と。できたらそういうとこを、やってもらえないかっていう話をされたんですよね。

 で、奇しくも、大阪で30周年イベントをやる12月23日は、三宅さんのお父さんの誕生日なんですよね。僕もその日、誕生日なんです。なんか、何が重なって何が外れてるのか、もうさっぱりわからない状態で(笑)、とりあえず「わかりました!」と。

石塚:でも、そういう時の山崎さんって、すごい積極的で。今年の2月に、僕がやってる『まいう~ロックフェス』っていうのに出てくださったんですけど、楽屋に入って来て第一声が、「石塚さん、今年12月の23日、空けてください!」って。「あ、これはただごとじゃないんだな」っていうのをほんとに感じましたね。また山崎さんは、自分のことより人のために、何かやる人ですよね?

山崎:えっ!?

石塚:だって普段、そうやって仕切ったりする人じゃないでしょ?

山崎:そうですね……ここにお酒があれば飲みたいぐらいです(笑)。

三宅:20周年の時も、アルバムやライブでみんなに協力してもらったんですけど、その時はまだそこまで山崎くんと距離が近くなくて。そのあとから急激に仲良くなったんで、今回は頼ってます(笑)。

 あと、今回はやっぱりNICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNSを、アルバムでも、大阪のライブでもやりたかったんです。NICE MIDDLEの(中村)キタローさんと(江川)ゲンタさんは、山崎くんといつも一緒にやっているので。そういうこともあって、アルバムでNICE MIDDLEが演奏する曲は、山崎くんにバンマスをやってほしいと思って。

山崎:三宅さん、ほっとくと、人のプロデュースばっかりするんですよ。

石塚:ほんとそうなんですよ。

山崎:で、自分のことはないがしろというか、「僕はいいです」みたいな。そこをなんとか説得しながら、「いや、これはやっときましょう!」っていうことですかね。

ーーこういうトリビュートアルバムで、2枚組で30曲というのはありえないボリュームですよね。

三宅:<徳間ジャパン>が話を受けてくれたんですけど、最初は普通に10曲ちょっとぐらいのアルバムだと思ったみたいなんですね。でも、もちろん名のある方たちにも参加してほしいですけど、たとえばこれからのアーティストだとか、僕のまわりにいる人たちとか、参加してもらおうと思うと、どうしても10曲そこらでは足りないんですよね。

石塚:アニキのことを好きな人が、10人で収まるわけないじゃないですか。

三宅:やっぱり自分の記念アルバムは、自分と仲良くしてもらってる方たちに入ってほしいというか。あと、逆に、僕が憧れてる人、「この曲をこの人がやってくれたらきっとすごいだろうな」っていう人たちも。ほんとにすごいアルバムになりました。

ーー「たたえる歌」が山崎さんというのは?

三宅:この曲、イベントとかでよく山崎くんと一緒にやってるんですよ。というのと、NICE MIDDLEで何曲かやろうというのは決めてたんで、それは山崎くんは全部参加してほしいなと思って。

三宅伸治デビュー30周年トリビュートアルバム 「ソングライター」全曲ダイジェスト トレーラー

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