OPN『Age Of』は“ワイドスクリーン・バロック”的? 『構造素子』の樋口恭介氏が読み解く

OPN新作を小説家・樋口恭介氏が語る

 映画『グッド・タイム』のサントラで、第70回カンヌ国際映画祭のカンヌ・サウンドトラック賞に輝いたことも記憶に新しいOneohtrix Point Neverことダニエル・ロパティンが、最新アルバムとなる本作『Age Of』を完成させた。本作を語る上で、まず触れなくてはならないのが、先日ニューヨークで三日間に渡って披露された『MYRIAD』と名付けられた最新コンサートだ。ロパティン曰く、「スーパーインテリジェンス(超絶知能)が考える僕らのストーリー」が描かれたそれは、言語が生まれる前の時代「ECCO」、人類が会話や道具を活かすようになる「HARVEST」、世界が大きく発展を遂げる「EXCESS」、そして大きくなりすぎて人類が行き詰まる「BONDAGE」という4つの時代で構成されている。このような作品になったのは、アノーニとツアー中に環境問題で議論をしたのがキッカケだったという。「一万年後には人は絶滅するんだから、環境を考えることは意味がない」と言ったロパティンに対し、アノーニは「君はニヒリストだ」と怒りを隠さず、議論は瞬く間に口論になってしまったそうだ。このことが頭から離れなかったロパティンは、先のことを考えても意味がないと笑った自身を内省し、「僕はニヒリストなのか?」と自問した。「それがすべての始まりだった」と語った後、次のような言葉を残している。

「それから敏感になって、情報やものを知ることによって感じ方は変わるということに気づいた。今すぐ変えなきゃいけないことじゃないって思っていたこととかを思うと暗い気持ちになった。地球が死ぬということ、そしてその理由が僕らだということ。『MYRIAD』の考えはここからきたんだ。最後に生き残るのは人工知能とかコンピューターで、それらが母、つまり人間に対してセンチメンタルな思いを馳せる。一体なにが起こったんだ? って考え始める。そして、残念なことに僕らは間違いを繰り返す。人工知能だけは自然との折り合いをつけられるから生き残る。この『Age Of』はちょっとした警告のようなものなんだ。

 今まではコンセプトがあって、自分の生活とは関わりのないものだった。今回のは複雑に感じるかもしれないし、実際そうだけど、僕の人生に関することなんだ」

 そんな本作について、歌詞翻訳の監修を務めた小説家の樋口恭介氏が語ってくれた。第5回ハヤカワSFコンテストの大賞に輝いた『構造素子』は、「OPNの『Garden Of Delete』を聴いているときに基本的な着想を思いつきました」と述べるなど、樋口氏は大のOPNファンとして知られており、SNS上でそれを発見したレーベルスタッフが彼に訳詞監修を依頼したという経緯もある。OPNの音楽との出逢いについて樋口氏に聞くと、彼はまず、このようなことを話してくれた。

「OPNを集中的に聴き始めたのは〈Warp Records〉移籍後からです。元々シューゲイザーやノイズ、ドローンが好きだったので、『Returnal』のノイズ・ウォール的な音塊からドローンになだれ込み、そのままメロディアスでポップな曲調に移行する壮大とも言える展開には、批評的な視点抜きの、音楽に対する身体的/生理的反応として感動しました。

 OPNの音楽には、音色や展開や構造は前衛的・実験的・新奇的でありながら、同時にポップ・ミュージックとして「何も考えずただ聴けてしまう」という、楽しさ/恐ろしさがあります。そして、OPNの音楽の面白さは、その音楽体験も含めて、ポップ・ミュージックやポップ・ミュージック市場における消費行動への批評/アイロニーとして成立する形式になっていて、非常に複雑なアクロバットを達成しているという点だと思います。前衛、ポップ、批評のうち、いずれか一つを達成するのが普通で、二つあるのは稀有なことで、三つあるのはほとんど奇跡と言っていい水準だと思いますが、OPNはその三つを同時に達成している奇跡的な作家だと思います」

 本作において特に注目すべきは、これまでのOPN作品と比べて歌詞が意味深なところだ。〈進み続けろ 騙されるのは簡単なこと〉と歌われる「Babylon」や、〈盲目的な理想 盲目的な信仰〉といった言葉が飛びだす「Black Snow」など、多くの人々がおかしいと感じていながらも歯止めが効かない現在の世界を暗喩するような言葉が並んでいるのだ。先述の「僕らのストーリー」というコンセプトにしてもそうだが、本作の歌詞はロパティンなりに現実と向き合ったゆえに生まれた想いが滲み出ている。歌詞について樋口氏は、次のように語る。

「音楽と同様、言語表現においても、明確に多層的な立体感を意図している点に面白さを感じました。たとえば“Babylon”では、内容面では、ポスト・トゥルース批判とも言える現代的な問題意識を、不可能性の象徴である「バベルの塔/バビロンの塔」といった神話やSF、古代ユダヤ人が捕らえられバビロニア地方へ連行させられた「バビロン捕囚」といった歴史的事件を参照しつつ、形式面では美しい韻律を持つ詩として表現しています。

 ロパティン本人は、『Age Of』の制作にあたりミハイル・バフチンの名を挙げていますが、詩だけを取り上げて読むとホルヘ・ルイス・ボルヘスの詩や短編小説にも似た、迷宮のように複雑な構築物であるといった印象を受けました」

Oneohtrix Point Never - Black Snow

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる