星野源にとって“弾き語り”という表現が持つ特別さ 歌うたいとしてのルーツから考える

 7月31日深夜の『星野源のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、毎年恒例の「2時間ぶっとおし生ライブ」が放送された。

『星野源 音楽の話をしよう』(AERAムック)

 一昨年、昨年はラジオブースにバンドと楽器を詰め込んで行われたが、今回は「2時間生演奏!星野源 弾き語りライブinいつものラジオブース!」と題し、弾き語りスタイルでライブが進行していった。

 まず1曲目に披露されたのは「くせのうた」。優しいアコギの音色と歌声、コードチェンジの音、ラジオブースの空気感までもが、生々しい響きを持って耳元に届く。目を閉じると、実際に目の前でライブが繰り広げられているようだ。曲間には、会場(リスナー)からのリアルタイムの感想やリクエストメールが読み上げられることもあり、離れた場所から発信されているにも関わらず、距離が近く感じられる。

 会場からの多くのリクエストに応えて、2曲目は大ヒットナンバー「恋」を披露。こうして弾き語りでじっくり聴くと、つくづく奇跡のような曲だと思う。軽やかに階段を降りていくようなサビのメロディ、歌詞から溢れる狂おしいほどの愛しさと、星野の歌によってじわじわと滲み出てくる切なさ――。スローテンポで歌われると余計、楽曲の持つ魅力が一つ一つくっきりと浮かび上がってくる。その後、続けて披露された初期の楽曲「ひらめき」、「老夫婦」、そして久しぶりに披露された「日常」、そのどれもがこの時間に弾き語りで歌われるからこその特別な響きがあった。

 1時間が経過したところで、『ツービート IN 横浜アリーナ』の弾き語りDayでも共演した長岡亮介がスペシャル助っ人として登場。緩いトークの後に演奏された「化物」は、2人のギターが絡み合う前奏の時点でもう心が躍ってしまった。星野の声も、先ほどまでのしっとり感からは一転、今にも駆け出しそうな生き生きとした声色に変わり、聴いている方も目が覚めるような気持ちになる。続いて披露されたのは、一度もライブで演奏したことがないレア曲「プリン」。星野のファルセット、それに被さる長岡のハモりコーラス。なんて贅沢な時間なのだろう。

 本編最後の曲「SUN」では「全国のみんな一緒にー!」というライブらしい掛け声も入り、リクエストに応えてアンコールも披露。「Friend Ship」がゆったりとしたリズムで届けられ、エンディングにふさわしい心地よさを漂わせながら、今年の「2時間ぶっとおし生ライブ」は幕を閉じた。

 今回の放送で、星野にとって弾き語りという表現は、特別な意味があることに改めて気付かされた。詞曲はもちろん、切れ味のいいダンスや幅広い音楽知識など、アーティスト・星野源の魅力はたくさんあるが、歌うたいとしてのルーツを辿っていくとギターを抱えて部屋で宅録を楽しむ少年の姿が見えてくる。

 星野の著書『働く男』でも明かされているが、中学1年生の頃からギターを手にしたものの、素で人前に出ることが苦手で、高校3年生まではライブが出来なかったという。ただただ家の中で、学園生活で溜まっていたドロドロした思いをカセットテープに吹き込んでいた時間、これこそが星野の原点とも言える。星野が初めてソロで制作した自主制作盤『ばかのうた』(2005年)も、基本弾き語りでひとり宅録の作品だった。

 今や、当時はきっと想像していなかったほどの大きなステージに立っているわけだが、いまだにシングルのカップリングには「house ver.」と名付けられた宅録バージョンが収められている。どんなに表現方法が広がっても、原点で感じた音楽的興奮は今も褪せることなく星野の中に根付いているのだろう。そう考えると、ラジオブースという決して広くはない空間から、ギター1本でマイクに向かった今回の生ライブは、ある意味での原点回帰でもあったのかもしれない。しかし現在の星野がマイクに吹き込んだ歌声は、電波を通じて全国にリアルタイムで届けられ、その歌声を多くのリスナーがそれぞれの部屋で聴いていたと思うと、改めて感慨深い気持ちにさせられる。

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