大友良英インタビュー【前編】 NHK大河ドラマ『いだてん』秘話と劇伴がもたらす発見

大友良英『いだてん』劇伴秘話

 宮藤官九郎脚本のNHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺~』の劇伴を収録した『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』がリリースされた。また、同作の劇伴を務める大友良英がこれまでに手掛けた映画・ドラマの劇伴を収録した『GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』も発売。『あまちゃん』『トットてれび』などに加え、資生堂「マキアージュ」のCMソング「LADY-EMBELLIE」やNHKのラジオ番組『すっぴん!』のテーマ曲なども本作で初CD化となった。

 今回リアルサウンドでは、大友良英に『いだてん ~東京オリムピック噺~』をはじめとする劇伴がどのように作られてきたのかを中心にインタビュー取材を行った。前・後編の2回にわたってお届けする。(編集部)

「またぐ音楽」をどういうふうに作っていったらいいかを考えた

ーー『いだてん』、この取材の時点では金栗四三たちがストックホルム・オリンピックに向け出発するところまで放映されてますが、大友さんは、37回目の準備稿をお読みになったばかりとか。(取材は2月28日)

大友良英(以下、大友):そうそう。太平洋戦争にもうじき突入という時期で。盧溝橋事件が起こって軍部が台頭してくる。そのあたりの動きをどう描くか、っていうね。直接軍隊の動きを撮ったり戦場が出てくるわけじゃなく、金栗(四三)さんとか、そういう普通の人たちの立場で、どういう風に戦争が迫ってきたか描いてるからね。そういう意味ですごく信頼できるドラマだと思う。


一一そもそも大友さんがオファーを受けられたのはいつごろだったんですか。

大友:2017年の春くらい。ホンはできてなくて、ドラマの概要だけが決まってた。金栗さんの初めてのオリンピック参加で始まり、途中で主人公を田畑(政治)にバトンタッチして、東京オリンピックを迎えるっていう、だいたいのあらすじだけ。だから金栗さんがどういうところで育ったのか、どう走ったのか、最初のオリンピックはどうだったかっていう下調べから始まったのかな。その時代の東京はどうだったか、とか。

一一その段階からコンセプトを、脚本家、監督と一緒に練り上げていった。

大友:僕は実は宮藤(官九郎)さんとは直接会う機会はほとんどなくて、監督チームとのやりとりがほとんどです。

一一最初の段階では、どういうオファーだったんですか。

大友:もう井上(剛)監督とは何作もやってるから「俺じゃないの? 俺じゃないの?」って冗談ぽく言ってましたから(笑)。井上さんと宮藤さんで大河やるってことはわかってたんで「これで俺に来なかったヤキモチ妬くな」くらいのことを言ってたら、4月くらいの段階で話が来て。でも最初のオファーの段階で、『あまちゃん』みたいにやるわけじゃなく、一から新しく作りたいから、っていうのは明確でしたよ。『あまちゃん』のようにやりたいからこのメンバーにしたわけじゃない、って話はけっこう言われた。

一一『あまちゃん』は音楽ドラマでしたけど、今回は音楽は直接関係ないですし。

大友:そう。これは音楽ドラマじゃ全然ないから。『あまちゃん』の時は比較的音楽の役目とか、どういう立ち位置っていうのはわりあいすぐ見えたんだけど。今回は音楽の立ち位置をどうするかっていうところからすごく丁寧に考えて、編み出していかないと。

一一『いだてん』サントラ盤のライナーノーツで、音楽制作に向けてのご自分の心構え、考え方を書かれてますが、そこは井上さんとのやりとりの中で決まっていったわけですね。

大友:そうですね。あとはやっぱり宮藤さんの台本が次々上がってくる中で、井上さんがその台本から何を出していくかっていうのを見ないと、どういう音楽をつけていくかってことは見えてこない。

一一第1回目の台本が上がってきたのはいつ頃ですか。

大友:いつだったかな。ちゃんと覚えてないんですが2017年後半か18年だったか。最初は第1回の叩き台みたいなものが来て、3〜4回更新されたと思う。

一一ああやって時代を行き来しながら話が進んでいく。大河の始まり方としてはアバンギャルドですよね。それとあのテンポの速さ。大河ってやっぱりゆっくり時間が流れていくものだから。見る側もそれをルーティンとして受け入れているところもある。しかもいろんな人物が並列で描かれていて、誰が主人公なのか最初はよくわかんないっていう。

大友 第一回は一見今までの大河と全然違う印象ですよね。台本読んだ時に、すっごいな、本気で変える気だなって。でも読み込んでいくと、今までの大河以上に、歴史に正面から向かうという意味で正統派の大河だとも思いました。

一一テーマソングはいつ頃できたんですか。

大友:テーマソングはね、去年、2018年の2月。

一一ずいぶん前なんですね。

大友:その頃に、ほぼ今流れているものと同じ骨格のデモ録音をしてる。この時点で大体できあがってるんです。編成が小さいだけで。実はその後に違うものをいくつか作ったんだけど、結局最初に作ったものがいいってことになって、それに戻った。

一一あのオープニングテーマ曲が、このドラマのすべてを表してる気がしますね。回を追うごとにそう感じます。

大友:そうなっていれば嬉しいなあ。もしかしたら制作陣はあのテーマに合わせてきてくれたのかもって勝手に思ってます。

一一そういうことってよくあるんですか。

大友:『あまちゃん』のときはそういう部分あったと思う。ドラマが始まる8カ月前にテーマ曲のデモができあがっていて、それをみんなで聴きながら作ってくれてたんです。あぁ、こういうドラマだ、ってみんなわかったってプロデューサが言ってくれた時は嬉しかったです。『いだてん』も、役者さんには聴かせてないかもしれないけど、スタッフはみんな聴いてたので多分なんらかの反応をしてくれてるんだと思いますし。長く続くスパンのドラマだとそういうこと起こるんです。僕だけじゃないですよ。美術の人が持ってくる絵とか、CGの人とか、みんなが同時期に持ち寄ってくるので。音楽だけってことじゃなくて、いろんなものが引っ張り合ってくる感じ。だからちょっとバンドに似てるかな。

一一それぞれが出してきたものが大きく食い違うことなく、上手い具合にハマっていく。

大友:そこは監督とプロデューサーの力量だと思うけど。僕が1回目のデモを出したときに、誰もOKもNGも出さなかったっで、その時点ではまだ何もわからなかったし、製作陣も見えてないことたくさんあったと思うし。おそらくは作ってくうちに、どうもこれみたいだ、ってなっていったような気がします。

一一なるほど。

大友:みんな手探りだったんだと思う。作りながら、だんだん見えてきたドラマかな。たぶんこの先も見ているみなさんと一緒に徐々に見つけていくドラマなんだろうなっていう。1話目を見ても誰も全貌はわかんないし、作ってる側の俺たちだってわかんない。音楽だってどうつけていいかわからない。これが少しずつ紐解かれていって、何話かかけて焦点を結んでいく……っていうことだと思う。金栗さんたちが、オリンピックが何だかわかんない中で少しずつ巻き込まれて、最終的には参加していくわけじゃないですか。あれはオリンピックだけの話じゃなくて、自分たち以外の世界があるってことが何なのかがわかんない人たちが少しずつ世界に出会い自分のありかたを見つけていくドラマでもあるでしょう。自分たちの身の回り以外の文化があるっていうことに気づいて翻弄されるドラマで。オリンピックに翻弄されるんならいいんだけど、後々、戦争とかに翻弄されてくわけだから。それと(ドラマの制作が)同じプロセスを踏んでるんじゃないかなと思ってるんだけどね。

『いだてん』は希望のドラマ

一一このテーマ曲を聞いて思うのは、まず、「このドラマは希望のドラマである」ということです。

大友:うん、うん。そうありたい。

一一これは青春ドラマだな、とも思ったんですよ。出てるのが若い人が多いってだけじゃなくて、日本っていう国の青春時代を描いてる。青春とは未来の希望だという。

大友:そうだと思いますよ。先行きがないって人の話じゃないよね。

ーー私みたいにいいトシの、未来がない人間から見るとほんとに眩しくて。

大友:そうですよね。それは僕らの年齢になって初めて気づくことでもあるでしょ。でも、20代の人は、先行きがあるって言われても不安じゃない? でもこの歳になると「不安も含めていいもんじゃない」ってちょっと思うしね。「いいんだよ、未来があれば」っていうね(笑)。ただ、日本はそういう(青春の)時代だったけど、その未来には決して明るくないこともいっぱい起こる。それでも未来は希望であってほしい。そう思います。

一一明るくないことも全部含めて、希望を描いてる。しかも小さいところからスタートしたものが様々な思いを飲み込んでどんどん大きくなって、世界的な広がりを見せていく。

大友:そうそう。バカバカしいくらい音楽(テーマ曲)はそのまんま作ったけどね。

一一2分半でよくあれだけ盛り上げるな、と思いました。

大友:(笑)。正確には2分20秒。大河ドラマって最近2分50秒が多いんですよ。だけど、それじゃ長いなと思って、正直。今、冒頭に2分間も音楽を流すドラマってないじゃないですか。映画ですらない。だから現状よりもうちょっと短くしたいなっていうのと。あとオープニングで早送りされないようにしようと思ったかな(笑)。

一一オープニングはタイトルバックの絵もすごくいいですね。

大友:山口晃さんの絵も素晴らしいですね。あれも音楽と一緒で少しずつ作っていったものだそうで。下書きような段階からだんだん練り上がっていくの見てて。ちょっと嬉しかった。第1話目が放送されたとき「あれで完成なの?」って言ったら「いや、まだ作ってる」って言ってたからきっとこの先もすこーしずつ変わっていくと思う。(話が)ストックホルムに行くとちょっと変わってたり。多分、少しずつ変わっていくと思いますよ、この先も。

一一このオープニングテーマができた時に、大友さんにとってドラマの音楽の全貌はある程度見えた感じですか?

大友:いや。オープニングの後にもう一苦労があって。あのドラマが難しいのは、おっしゃったように時代がすごく行き来するでしょ? 音楽は(時代を)またぐのか、時代ごとに変えていくのか。誰につけていいのか。気持ちにつけるのか、風景につけるのか。普通ドラマって個人の心情とか動きに音楽つけると成り立つんだけど、台本読んでいるときにそんな暇はない感じがしたんです、カットアップされちゃうから。だからじっくり音楽を鳴らしてその人を表すってことができない。じゃあカットアップで細かい音楽つければいいの? っていうとそれも違うかなと思ったんで、「またぐ音楽」を、どういうふうに作っていったらいいか。それを考えたかな。

一一特定の人物に思い入れしにくい。つまり特定の人物に当てた音楽は作りづらい。

大友:作ってもいいんだけど、その音楽がその人以外にも色々な意味をもって当たるようにしないと成立しないような気がしました。ちなみに、ドラマに音を直接つけるのはNHKの音響のチームなのね、俺じゃなくて。その音響のチームと俺が話し合いながら、どういう音楽にするか考えるんだけど。

一一どこに切り貼りされるかは音響と……

大友:音響と監督と編集の人がみんなで考えるんです。

――その決定の現場に音楽家は介在しないわけですね。とりあえず素材は渡しますんであとはご自由に、という。

大友:そう。そうやって使われる前提で作ってるから。だからキーのこととかも、テンポや色合いも含めて、使いやすいようにってのもずいぶん考えてるんです。

一一それも100本やってきた経験が役立ってるわけですね。

大友:多分。そんなの音楽家のスキルとして、普通は必要ないんだけどね。

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