視聴者はいつしか共犯者の心理にーー『ハウス・オブ・カード』の“悪の魅力”

『ハウス・オブ・カード』の“悪の魅力”

 Netflixが制作し、いまでは映画界の巨匠となったデヴィッド・フィンチャー監督と、本作でのびのびと悪の主人公を演じるケヴィン・スペイシーがプロデュースする、サスペンスエンターテイメントドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』は、目的のためなら手段を問わない政治家フランクが、その「実務性」を発揮し、あらゆる不正や裏切りを重ね、利用できる者は骨までしゃぶり、邪魔な者を奈落の底に突き落としながら、反則的なルートで権力の階段を駆け上っていく物語だ。

 アメリカ合衆国の政治の現場を舞台としながら、主人公が他の議員のスキャンダルを握り服従させ、裏から選挙を牛耳ろうとしたり、女性新聞記者とは公私を通じて「不適切な関係」になるなど、従来のTVドラマであれば、「善良な」視聴者が抗議の電話をかけるような、悪趣味で過激な描写が続いていく。しかし本作は、視聴者が能動的に定額課金制サービスに加入して、見たい人だけが見るインターネットストリーミングの番組だ。だからこそ過激な描写、俗悪で背徳的な描写など、従来のコードを飛び越えた表現が可能になる。あらゆる欲望と悪徳を詰め込もうとする『ハウス・オブ・カード』は、様々なタブーを娯楽に昇華させ、新しい時代の環境を謳歌している作品である。今回は、魅力的な「悪」の世界に視聴者を引きずり込んでいく本作の内容について深く迫り、その背景にあるものを考えていきたい。

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映画でもTVドラマでもない、新しい時代の映像作品

 この機会に私もストリーミング配信を利用して、本作を含んだいくつかのドラマ作品を視聴してみた。録画予約などの面倒な作業は必要無く、サイトにアップロードされている作品を好きなときにその場で全部見れてしまうというのは非常に快適だ。1つのエピソードを見終わる度に、次のエピソードへと画面が自動的に遷移していく。そのまま放っておくと時間のある限り見続け、引きこもり生活が助長されてしまうので、ある程度の自制心が必要だ。『ハウス・オブ・カード』は、Netflixでは現在最新シーズンの「シーズン4」まで視聴することができるが、いままでのシーズンを自由に何度でも見ることはもちろん、シーズン4さえも全13話が一挙に公開されるため、時間さえ許せば、最初から最新のエピソードまで一気に見ることもできる。

 この時間的制約から解放された鑑賞スタイルの提示によって、本作は従来のTVドラマのように、一話一話、次回への期待を必要以上に盛り上げるような構成からも解放されている。フィンチャー監督と、そのスタイルを引き継ぐ監督達のリッチな映像の質感も相まって、1シーズン(13話)を続けて見ると、まるで一本の映画を13時間観ているようにも感じられるのだ。そして一般的な2時間程度の映画に比べ、ここではより複雑で重層的な内容を描くことが可能になっている。

 さらに一挙に全話公開することで、作品の中に盛り込んだ時事性を素早く視聴者に伝えることも可能だ。日本の原発事故や尖閣諸島問題、大統領選での女性候補の台頭などが作品の内容に関わってくるという、現実の社会の動きと連動する時間感覚を持つことができるのも興味深い。そのなかでは、新聞からWEBメディアへの報道の移りかわり、スマートフォンやSNSなどの現代的要素も含まれる。

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視聴者を陰謀に加担させる「サスペンス」

 主人公である下院議員フランクは、民主党の幹事として大統領選勝利に貢献するも、国務長官の座につくという約束を反故にされてしまう。身内の裏切りに遭った彼は、新大統領とその側近達に復讐を誓い、地位を奪い返すことを決意し長大な陰謀を企て、様々な犯罪を犯していく。

 アルフレッド・ヒッチコック監督の傑作『サイコ』も、犯罪者を主人公とした作品だ。多くの観客は犯罪者を憎む立場のはずだが、見ているうちに、その犯行が露見してしまうことに観客は恐怖を覚えてしまう。その瞬間、観客は犯罪者の心理と一体になっている。それがサスペンス演出の力である。

 「ハウス・オブ・カード(カードの家)」とは、アメリカ映画などで見られる、トランプのカードをバランスよく積み上げて作るピラミッドのことだ。それはフランクの画策する権謀術数の象徴でもある。ひとつの「家」を完成させるために、彼はカードを慎重に根気よく並べていく。一つのシーズンを構成する13話は、陰謀を達成するために必要となる13枚のカードである。

 「カードの家」というゲームの面白さは、それを構成するカードのひとつでもバランスが狂えば、全てが一気に崩壊してしまうという緊張感にある。実際、フランクの行動はどれも、発覚すれば逮捕されるようなリスクを冒しているものばかりだ。だからこそ慎重に、ひとつの気の緩みすら許されないサスペンスが持続していく。そして、多くの生け贄にされた人間達の血にまみれたカードが積み上がり「カードの家」が完成するかどうかを、視聴者はある種、彼の共犯者として見届けることになる。この悪の陰謀を楽しむには、鑑賞者自身の「悪」の素養が試されることになるだろう。だから本作は、ヒューマニズムにあふれた作品に飽きている人ほど楽しめるはずだ

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