NHK放送中『火花』のキャスティングは完璧だーー林遣都&波岡一喜の奇跡的な演技を考察

『火花』林遣都&波岡一喜の魅力

 第153回芥川賞を受賞した、お笑いコンビ・ピース又吉直樹による同名小説を基にしたNetflixオリジナルドラマ『火花』。昨年に全10話で配信され、今年2月からNHKで再編集版を放送中だ。小説の中で描かれた芸人の世界を、見事に表現したと業界内でも評価の高いこの作品は、今、再び注目を集めている。この結果を引き出したのは、なんといっても主演の林遣都と波岡一喜の熱演だろう。そこで、俳優のふたりがそれぞれ本物の芸人を相方にして、“お笑い芸人”という難しい役どころをいかに演じているのかを考察してみたいと思う。

 物語は、売れない若手芸人の徳永(林遣都)が、熱海の花火大会の営業で先輩芸人の神谷(波岡一喜)と出逢い、彼の誰にも媚びない天才的な漫才のスタイルに強く惹かれることから始まる。徳永は神谷に弟子入りを志願。「俺の伝記を作ってほしいねん」という神谷の条件を承諾して、晴れて弟子になった。ふたりは夜な夜な飲み明かしては“お笑い”について語り、徳永は神谷の言葉を一つひとつ吸収していく。芸をストイックに追求して行く徳永、天才破滅型の神谷。そんな中、徳永と山下(好井まさお)のお笑いコンビ“スパークス”は徐々にテレビに出るようになる。一方で全てがうまく行かない神谷。師弟関係というふたりの歯車が狂い始めるのだった。

 ほんの一握りしか成功しない芸人の世界で、夢を追い、憧れ、もがき苦しみ、そして挫折をして去って行く。そんな者たちへの鎮魂歌であり、それでも人生は続いて行くという応援讃歌でもある。お笑い業界の夢とリアルな現実を描いた本作は、芸人でなくても、挫折を経験したのことのある人なら誰しもが共感できる話なのだ。

 当初は話題優先の映像化という厳しい目線で見られていたが、蓋を開けてみると、今まで数ある芸人をテーマとしたドラマや映画の中でも、これほど胸が痛く、感情を高揚させる傑作に仕上がっているものはない。成功した理由は、Netflix制作だからこそできる、原作に忠実なキャスティングにあるのではないだろうか。また、その期待に見事に応えた林と波岡の結果にほかならないのだ。

 まずは主人公である徳永を演じた林。まるで又吉が憑依したかのような仕草やイントネーション、人見知りな感じも実に役に入り込んでいる。いやむしろ、林が持つナイーブなイメージと、徳永が持つナイーブさが完全にリンクしているのだ。ほぼ無名の芸人が成功を目指して夢を追い、いろんな経験を積み、夢だけでは生きて行けないシビアな現実を知り、そして夢を捨てる決断と覚悟。その10年間の感情の変化を見事に演じ、見る者の涙を誘う。同時に、ただ漫才が上手ければ良いというものではなく、そこには心を掴む感情も必要となってくる。しかも、売れていない頃の新人時代から、徐々に漫才が上達して行き、単独ライブやコンテストに出るほどのレベルに達するという、その過程を演じなければいけないが、これも見事に演じきっていた。林の努力はもちろんだが、俳優同士のコンビではなく、相方に本職の漫才師である“井下好井”の好井まさおを器用したことで、うまく成立したとも言える。ちなみに波岡は“あほんだら”というコンビを“とろサーモン”村田秀亮と組む。

 そして師匠となる神谷を演じる波岡。映画『パッチギ!』や『電車男』『クローズZERO』シリーズなど、強面で関西弁のヤンチャな兄ちゃんという役柄がとにかく多い。知名度以上に顔を知られている俳優のひとりではないだろうか。関西弁で捲し立てる天才破滅型の芸人である神谷は、思った事は直ぐに口に出し、笑いに関しては自分が信じた感性を決して曲げない。洒落を言うが洒落が利かない男で、どこに地雷があっていつキレてもおかしくない緊張感を持っている。そんな役柄は、波岡が持つ危うい雰囲気にピッタリだ。林以上に波岡はカリスマ芸人を演じなければならず、2組が同じ舞台に立つコンテストで、徳永が尊敬するほど彼らを上回る天才漫才をしなければいけない。その一方で、審査員や一般的にはどこか欠けた漫才をしなければ成立しない役だ。ダメだけど説得力のあるカリスマ性、その微妙なさじ加減を絶妙に演じている。

 林と波岡は、林がデビュー間もないころに主演した映画『ラブファイト』で共演し、10代の頃から知っている仲。そのため、ドラマのような先輩後輩の間柄は実際の関係性に近く、まさに適任。(小説の設定では)4歳差の師弟関係の徳永と神谷。師弟でもあるが、歳が近いので兄弟のような関係でもあり、青春時代を共に過ごす親友のような関係でもある。だからこそ、徳永は師匠の神谷が、売れてきた自分をマネてきたことに対して幻滅し、成功している自分を褒めてくれないことに苛立ち、悔し涙を流す。そしてクライマックスの神谷の悲惨な姿に、哀れみと恐怖が入り交じった絶望感を覚え、歯車が狂い助けられなかったことに対しての虚しさを持つ。

 一方神谷は、歳の近い後輩が売れて自分を通り越して行くことへの現実、認めたくない自分の実力と後輩への嫉妬。そしてどんどん引き返す事のできない極端な方向へとずれていくのだった。もはや怒りに近い虚無感で全身を支配される。それぞれの感情が溢れ出る表情が、見る我々の感情をも代弁しているようで、実にリアルなのだ。でも実際は、デビュー作『バッテリー』でいきなり主演に抜擢された林と、コツコツとキャリアを積んできた波岡は、実は役と真逆な生き方というのが面白い(林は各インタビュー記事でそれを否定しているが)。いずれにせよ、林と波岡のリアルな演技と演出が噛み合い、奇跡的な作品となったドラマ『火花』は、ふたりの代表作になったに違いない。

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