菊地成孔の『新感染 ファイナル・エクスプレス』評:国土が日本の半分の国。での「特急内ゾンビ映画」その息苦しいまでの息苦しさと上品な斬新さ

菊地成孔の『新感染』評

久しぶりに出た、「名(珍?)邦題」の件は、この際スルーするとして

 本作の原題は「プサネン(プサン/ヘン)」つまり「釜山行き」である。非常にシンプルであると言えよう。シンプルで素晴らしい。

 もし日本映画で

「のぞみ32号博多行き」

 あるいは単に

「博多行き」

 だけでもいいが、「このタイトルの、斬新なゾンビ映画」が出来たら、正直どうすか? オーラ感じる? 期待値上がる? それとも地味なタイトルで見る気がしない?

 オーラ、ビンビンに感じるよねえ? どう考えても。これにムラムラ来ない人、一種の不感症でしょう。

 と、本作、まずは名(珍?)邦題よりも、原題のメッセージ性、斬新さの方が遥かに上回っているのである。既に一本取っているにも関わらず、余裕の珍邦題を許しているのは、かなりの自信の現れと見るのが、本作に対する的確な判断である。

 半島国家である大韓民国は、列島国家である日本全体の約半分の尺だ(因みに人口も同じく約半分。にも関わらずソウルが賑わって見えるのは、人口集中率が極端に高いからだ)。

 首都から最南の大都市(因に沖縄にあたるのは「チェジュ島」である)までが2時間、つまり、「東京ー博多間が2時間である」という事実が、隅から隅まで実に丁寧に工夫が凝らされた本作の基底部を担い、作品を律している。要するに「基本アイデアだけで成功が決まっている系」の作品と言えるだろう(「基本アイデア抜群、出来はイマイチ系」な映画も多々あるが)。

なんでやらないんだろう? 日本人のゾンビ好きの人たち

 なんで『Zアイランド』とか『アイアムアヒーロー』とか、ああいうことになるのだろうか? 両作とも観たが(ゾンビものに興味があるわけでないので、前者は「芸人監督」という日本に独特の文化の視察として、後者は、当連載のレビューのために、言わば仕事として観た。以下、最重要なことをカッコ内に書くのは我ながら如何なものか? と思うのだが、筆者はクラシックスである、いわゆる「ロメロ版」以外は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」のPVが関の山で、映画は偶然テレビでやってたやつぐらいしか観たことがない。つまりゾンビ物完全ビギナーである)、水準の高低を度外視すれば、どちらも特に詰まらなくもない。適度に面白い作品だ(好みによると思うが『アイアムアヒーロー』の方が、ちゃんとしているというか、えー、、、、、、まあとにかく忘れてしまうに限るよ。「芸人監督作」は。北野松本を除けば。太田光のストイシズムは素晴らしいでしょう)。

 しかし、エンタメ映画、それも強烈さを旨とするゾンビものが「特につまらなくもない、適度に面白い作品」で良いのだろうか? フランスの恋愛映画でもあるまいし。

「いやあ、実際のJRであんな撮影無理っすよお。お手柔らかにお願いしますよお」

 という嘆きに「いや。昔日は『新幹線大爆破』(75年東映。言わずと知れた『スピード』の元ネタであり、驚くべきことに「特急内パンデミックもの」の元祖であると言われる『カサンドラ・クロス』よりも1年早い)だの『皇帝のいない八月』(78年松竹。ブルートレイン「さくら」内を舞台にした、クーデターもののポリティカルフィクション)だの、あったよ列車内パニック映画」。などと知ったかぶりで野暮な返しはしない。

 しかし、ゾンビものって、何らかの密室性に閉じ込め縛りでしょ? 愛する人がゾンビになっちゃうマストなんでしょ? 後なんかあるの? だったら何だって出来るじゃん。「1幕もの、出演者6人だけの演劇の舞台が汚染される」というのは? あるいは「内戦地域での野戦病院(瀕死の患者が次々に元気になっちゃう)」、あるいは「夏フェスの会場」、時代劇とくっつけて街道がゾンビだらけ、遊郭か宿場か禅寺に立て篭もる。

 「日曜の秋葉原」もいけるでしょう。肉のハナマサが生肉だらけ。ハロウィンみたいな画になっちゃいそうだけれども。そして何より採算と倫理度外視でよければ、一番見たいのはやっぱオリンピック会場か国会でしょう。<次の東京オリンピックの競泳会場を発端としたゾンビ映画作ります>という気骨のある監督いないかね? いないよね。

とまあ、使えないアイデアの羅列で文字数を稼ぐのはもうやめるにしても

 「ジョーズもの」と並び「結構な曲球なのに、意外とジャンルものになっちゃった」このジャンルに、どれほどの強い啓示性やフェティシズムの重層性があるかという分析は専門家の手に回すとして、本作はもう、『ラ・ラ・ランド』等と同じマスヒステリーで、「誰もが<すげえ面白い>としか言わない映画」になっているので(劇場パンフのメインテキストでありながら、かなりの客観性と、個人的な物足りなさを堂々と表明した高橋ヨシキ氏が寄せている解説は、そういう意味でとても素晴らしいーー何でもマスの意見に反骨すれば良いと言っている訳ではないがーー)、そして、筆者自身も「ゾンビもののビギナーとして、下手な当て推量は出来ないとはいえ、「これ、どう考えてもかなり面白いし斬新なのではないか?」と思ってしまったので、あとは「どう面白いか」を書くしかない。しかもそのほとんどは、もう既にネットに書かれているだろう。推測では、それらは総て正しいだろう。こんな目的が明確で出来の良い作品を褒めるのに、勘違いの指摘をする方が難しいのではないか。

 なので、鑑賞の手引きとしては、第一にはそれらをお読み頂くのが最も手っ取り早いし、もっと言うと、何も読まずにクチコミの評判だけで観に行くのが一番良いに決まっている(インターネット以前は、このエレガンスな愉しみが地上に残されていた)。

 以下、「原題の方がセンス良い」以外に、筆者独自の本作鑑賞のツボを提示する様に努力する。

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