大人にこそ必要な優しい物語ーー竹野内豊主演『この声をきみに』が描く“朗読の心地よさ”

『この声をきみに』が描く朗読教室の魅力

 物語の舞台は朗読教室。NHKドラマ初出演となる竹野内豊が演じるのは、妻の奈緒(ミムラ)に愛想を尽かされたさえない数学者で、勤務先の大学でも学部長から「話し方教室」へ行くように命じられるほど、話下手な男・穂波孝だ。

 絵本の読み聞かせの講師をしている知人が忙しそうにしているが、ドラマのテーマである朗読の人気は本当らしい。書いてある文字をただ目で追うだけでなく、朗読とは声と心を使って相手に伝えるために読むという行為。音読は、脳を活性化させるだけでなく、幸せホルモンと呼ばれるセロトニンを分泌する効果があるともいわれている。

 誰かの声を聞くことで心がときめいたり、優しい気持ちになったりするように、声に出して読むことで自分も癒されるというのは不思議なことだ。

 心の中に埋めようのないぽっかりとした空間があることを感じながらも、仕事(数学)のことを考えることで孤独や寂しさをごまかし、淡々と生きる。それはこの主人公だけが抱える特別な問題ではない。

 自分の気持ちを正直に伝え、真剣に誰かと心を通わせるというのは、実際とても勇気が必要なことだ。どんなに身近な相手、大切に思う存在だとしても気持ちを届ける努力なしに良い関係は築けない。

 穂波孝の場合、朗読教室で講師の江崎京子(麻生久美子)や佐久良宗親(柴田恭平)と出会ったことによって変化がもたらされた。自分一人の力で人生の軌道修正は難しい。「自分を変えたい」と願うのであれば、思いきって新しい出会いを求めることだ。人生は悪くないと信じたいし、諦めてしまうにはまだ早い。大人にこそ、こんな優しい物語が必要だと思える。

 本作の魅力は何といっても朗読のシーンだが、第2回放送「友だちはカエルくん」では、「ふたりはともだち」(作・絵:アーノルド・ローベル/訳:三木卓)を読むカエルくん役の船乗りの福島邦夫(杉本哲太)とカタツムリ役の磯崎泰代(片桐はいり)には心をくすぐられた。芸が細かいとは、まさにこのこと。心地よく響く彼らの朗読の声に導かれて、私たちは違和感なくすんなりと物語の世界へと入っていける。

 カエルの邦夫はゴーグルをカエルの目に見立て、がまの孝と並ぶと衣装も雰囲気もピッタリで、ほのぼの仲良しコンビに見える。そこに大きなリュックを貝殻風に背負ったカタツムリの泰代が友情の証でもある大切な手紙を届ける。絵本を見て、文字を追うだけよりももっと切実な思いが確かに胸に迫ってくる。

 素直になれず、行き場のない感情を持て余していた主人公の気持ちに寄り添うような優しい朗読の場面は、言葉がすっと入ってきて本当に心地よくなってしまう。疲れた心に朗読は抜群の効果を発揮することがこのドラマで検証されたようだ。

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