石井裕也監督が語る、変わりゆく東京「オリンピック前の最後の風景や気分を撮れた」

石井裕也監督インタビュー

 11月19日に発表された「第9回TAMA映画賞」で最優秀作品賞(石井裕也監督)、最優秀男優賞(池松壮亮)、最優秀新進女優賞(石橋静河)を受賞するなど、年末の映画賞レースを今後も賑わせていきそうな『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』のBlu-ray&DVDが現在発売中だ。最果タヒの詩集を原案とした本作は、言葉にできない不安や孤独を抱える看護師の美香と、常に死の気配を感じながらもどこかに希望を見出そうとする、工事現場で日雇いの仕事をする青年・慎二の関係を描き出す。

 リアルサウンド映画部では、Blu-ray&DVDの発売を記念して、石井裕也監督にインタビューを行った。本作の映画化の経緯から、孫家邦プロデューサーとの関係、今後の展望までじっくりと話を聞いた。(リアルサウンド編集部)

孫家邦プロデューサーとの“映画塾”

石井裕也監督

――本作は詩集の映画化ということで、石井監督のフィルモグラフィーのなかでもかなり変化球的な作品のように思いましたが、公開後のリアクションなどを受けて、監督自身はどんな感想を持ちましたか?

石井裕也監督(以下、石井):僕も「これは変化球だな」と思って作っていたのです。でも、海外の映画祭、2月のベルリンから香港、釜山、台湾などを回って、この間の東京国際映画祭でもティーチインをやったり、さらに知り合いの反応とかをいろいろ聞いていると、実はこっちのほうが真っ当だったんじゃないかという気持ちになって。その理由を今から説明します。

――お願いします(笑)。

石井:そもそも、ストーリーというのは、本来僕らが思っている気分とか感情を、よりよく説明するためにあるものですよね。で、そういう意味で、小説や漫画の映画化というのは、そのストーリーをある種「使う」という意味で、価値のあるものだと思うわけです。ただ、その一方でストーリーありきになっていないかっていう問題もあるような気がしていて。面白いストーリーの映画を観る楽しさは当然あるんですけど、それによって、今を生きている自分たちの感情みたいなものがおろそかになっているケースがままあるような気がするんです。で、詩集を原作にした今回の映画というのは、そこに直接的に向かった作品なんですよね。ある意味、ストーリーを後回しにするというか、その気分や感情こそが大事であって、それを描くための最も簡潔なストーリーを作ったということです。

――いわゆる、「ボーイ・ミーツ・ガール」のストーリーですね。

石井:ある男女が、東京の街で出会う。ただ、それだけというか。もちろん、それで都市に生きている若者の気分が100%掬い取れたかどうかはわからないですけど、ある程度できたというのが僕の実感です。実際この映画を観た人たちから、そういう感想をたくさんもらっているので。それはどこの国でも同じで、「この感情は、私だけではなかったんだ」という感想が多かった。もちろん、ある程度それを狙っていたところはありました。そういう意味で変化球ではなく、思っていた以上に真っ当な作品になったのではないかと。

――変化球的な側面以上に、本作で描かれている気分や感情が多くの人たちに伝わったと。そもそも、詩集の映画化というのは、かなり珍しい話だと思いますが、もともとはプロデューサーの孫家邦さんから、石井監督に打診があったとか?

石井:そうですね。孫さんとは、『舟を編む』(2013年)を一緒に作りました。それまで自分の感覚に任せて、好き勝手に自主映画をやってきた僕に、ベストセラー小説を持ってきて、「物語というものを、もう少し広い目で捉えてみなよ」と。そういうお題が、実は『舟を編む』のときにあったんですよね。で、そのあと商業映画を何本か撮り、また孫さんが今度は詩集を持って現れた(笑)。ということは、つまり、今度は逆に「お前の感覚を、もう一回引っ張り出せ」ってことなんじゃないかと。僕はそう解釈しました。

――そもそも、石井監督の孫プロデューサーの関係性とは?

石井:孫さんとは、僕が23とか24歳のときに知り合ったのかな? だから、もう10年以上前ですね。そこから月に一回ぐらい、一緒に飲みに行くようになって。ホントに、ただ一緒に酒を飲むというか、孫さんの「映画塾」じゃないですけど、「お前の映画は、ああでこうで」とか「あの映画は観たか?」とか、そういうことを話されていて。で、孫さんは、「そんなこと言ったか?」って言っていますけど、そうやって5年ぐらい一緒に飲んでいるあいだに、「お前は、ちょっと怒りに身を任せ過ぎている」というニュアンスの話をよくされていて。「それ自体は悪くないし、それを続けないことには、先が見えないけど」と。

――石井監督のフィルモグラフィー的には、どれぐらいの時期の話ですか。

石井:自主映画の頃から、『川の底からこんにちは』(2009年)ぐらいまでのときですね。で、「俺が欲しているのは、その先にお前が何を見つけるかや」みたいな話を、ずっとされていて。で、「もし、お前がその先に、怒りを通り抜けて、人間の温かさや優しさみたいなものに気づいたら、俺はそのときお前と仕事をするんや」って。そういうことを5年ぐらいずっと言われ続けて……それで突然、『舟を編む』の話になるんですけど(笑)。

――そんな孫さんが、今度は最果タヒさんの詩集『夜空はいつも最高密度の青空だ』を持ってきたと。

石井:そうですね。要するに、感覚みたいなものを使えというか、そういうものを引っ張り出させようとしたというか。逆に言うと、僕の個人的な感覚みたいなものがないと、詩集を映画化するなんて無理ですから。一般的な感覚では、脚本に落とし込めない。

――具体的には、どのように詩集を脚本化していった?

石井:​最初は僕もどうすればいいかわからなかったですけど、最果タヒさんの前作『死んでしまう系のぼくらに』は、出版直後に孫さんから渡されて読んでいました。多分、孫さんはそのときから詩集を原作に映画を作ることに興味があったんじゃないかな。あるいは、タヒさんの詩を読んで、都市に生きる若者の心情を掬い取る人が、ようやく現れたっていう感覚を持ったのかもしれないです。で、『夜空はいつも最高密度の青空だ』の本を渡されて、恐らくはボーイ・ミーツ・ガールというか、東京のど真ん中で男と女が会って恋愛する話になるんじゃないかとは、そのときから孫さんに言われていたので、大体の概要はイメージできました。

――登場人物たちの設定は、どのへんから決めていったのですか?

石井:一回虚心でというか、何も考えないで読んで、最初に思いついたのが、「片目が見えない男」という設定。で、女に関しては、詩集を書いている人というか話者、何かを感じている人だろうと。彼女が何を見ているのか、誰を見ているのかをイメージしたときに、池松(壮亮)くんが演じた「慎二」という男のキャラクターが見えた。じゃあこの2人が東京で出会ったら、どうだろうかと。だからそんなに難しい感じではなかったです。むしろ詩集を読みながら思いついた映像の断片みたいなものを、破綻しないように入れるには、どうしたらいいのか。そこは、ちょっと苦労しました。

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