篠田麻里子、間宮夕貴、岡村いずみ……“濡れ場”に見る、女たちの強さ 姫乃たまの『ビジランテ』評

『ビジランテ』濡れ場に見る、女たちの強さ

 入江悠監督最新作『ビジランテ』が12月9日より公開される。監督の出身地でもある埼玉県深谷市で撮影を敢行し、地方都市の画一化、移民問題などを生々しく描いている。主人公の三兄弟を演じる大森南朋、鈴木浩介、桐谷健太に負けず劣らない魅力を放っているのが、市議会議員の妻として、自身の魅力を武器に暗躍する“悪女”篠田麻里子をはじめとした強い女性たちだ。本作に出演する女優たちの魅力を、地下アイドル・姫乃たまが紐解いた。(編集部)

 デリヘルの待機所で過ごした日々は、人生の中でも数少ない人心地がつく時間でした。そこの社長夫妻には友人というよりも、姪っ子のように可愛がられていて、食事へ出かけたり、時にはふたりの旅行に付いて行ったり、そしてどこへ行っても一緒に待機所へ帰りました。待機所には二人が使っている仮眠用のベッドがあって、どういうわけか、そのベッドだと夢も見ないほどぐっすり眠れたのを覚えています。

 デリヘル嬢としても働いていた奥さんに指名が入ると、旦那さんが車で送迎しに行くので、玄関で手を振って別れてから、またベッドに転がって帰りを待っていました。さっきまで一緒に遊んでいたのに、変な感じがします。いろんな女の人が働いていて、履いてきた靴と違うハイヒールを履いて玄関を出て行く時、それがどの女の人でも不思議な気持ちになりました。さっきまでダイエットの話や、お昼に働いている会社のこととか、他愛もない話をしていたのに、指名の電話が入れば、会話はそこで素早く途切れます。

 ちょうど私が通っている女子大では就活が始まっていて、主に学生たちは銀行や保険会社への就職を勧められました。就活もしていない、デリヘルでも働いていない、私の人生はなんだか宙ぶらりんでした。大学が提示する「女性のキャリアプラン」には、結婚と出産も含まれていて、生きるってなんだろうと思いながら、子供のような留守中の心許なさに耐えます。ブラインドから差し込む光が眩しくて、顔に当たらないように身じろぎしました。

 映画『ビジランテ』の中に、見覚えのある光景が映ってふと懐かしい気持ちになります。生活感のあるクッションと、くたくたの寝具が所狭しと転がっていて、女の子たちがはしゃいでいる空間なのに、隅っこに置かれた事務机の無骨さが、デリヘルの待機所であることを思い出させます。

 あの頃も、待機所ではみんな仲良く話していたけれど、連絡先を交換するのは禁止だったし、もし禁止されていなくても彼女たちはプライベートで遊んだりしなかったと思います。実際、店がなくなった後はみんな散り散りになって次の店へ働きに行きました。腹の底では相手が嫌いとか、そういうことではなくて、その方が身軽だからなんだと気付いたのは、自分自身がフリーランスで働き始めてからです。

 唯一、彼女たちの一人から本音らしいものを聞いたのは、「昔から私だけ、周りの人より綺麗に生きられないなって感じてたんだよね」という言葉でした。

 もし私が同じ仕事をしていたら、すぐにでも頷けたのに、自分がその気持ちをわかると言っていいのかわからなくて、だんまりになってしまいました。デリヘルの仕事は大学では勧められなかったけれど、大学よりも待機所にいる時の方が、私はずっと安らぎました。

 『ビジランテ』は巨大ショッピングモールの建設プロジェクトが進む地方都市に生きる三人兄弟の話です。母親の死をきっかけに、三人で暴力的な父親を刺し殺そうとして未遂に終わった幼き日。その日から30年間、行方知れずになっていた長男・一郎と、出世コースを望む妻を持ち、地元で市議会議員になった次男・二郎、デリヘルの雇われ店長として働いている義理人情に厚い三男・三郎。三兄弟はもちろん、彼らの凄惨な運命に寄り添う女性たちの生き様に目を奪われます。

 一郎のそばにいるのは、失踪中の彼と出会い、地元である埼玉まで追いかけてきた恋人・サオリ(間宮夕貴)です。それから篠田麻里子演じる出世コースを望む二郎の妻と、三郎が店長をしているデリヘルで働く女性たち(岡村いずみ・浅田結梨・八神さおり・宇田あんり・市山京香)が対照的に描かれます。

 面白いのは、子供を育てている二郎の妻よりも、サオリの方が強い母性を持っているように映るところです。急に埼玉に戻ってきた一郎が占拠している実家で三郎が目をさますと、白いベッドシーツを干しているサオリの後ろ姿が目に入りました。幼い頃に母親を亡くした三兄弟が、久しく見ることのできなかったであろう光景に、彼らの深い喪失感を感じて胸が重たくなるシーンです。暗闇で物干し竿にはためく白いシーツは、天国にいる母親の母性が現れているようでした。

 この母性を手にしているのが、実直に生きている二郎でも、デリヘル嬢たちに愛情を注いでいる三郎でもなく、少年のように直情的に生きている一郎なのです。

 しかし、サオリ自身が深い母性に溢れている人物かといえばそうではなく、一郎に対しては多額の借金で居場所を追われようが、乱暴に髪を掴んでセックスされようが熱心に添い遂げるのですが、三郎と二人きりになると、一郎の文句を言いながらぐずぐずと泣いて母性の欠片もなくなるので、あまりの素直さに少し笑ってしまいます。

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