Maison book girl、いつまでも消えない4人の残像ーー『Solitude HOTEL 5F』を見て

ブクガ『Solitude HOTEL 5F』を見て

『Maison book girl ーSolitude HOTEL 5Fー』

Maison book girl / レインコートと首の無い鳥 / MV

 2018年6月23日の東京、神宮外苑。梅雨のしとしと雨がいつの間にか叩きつけるように強くなり、自分の体も荷物もじっとり湿っていた。建て直されてまだ新しい日本青年館の無機質な空間。

 開演と同時に巨大なスクリーンの全面に広がったのは、雨の雫にも細胞にも微生物にも見える、透明な玉の連なり。まるで外の世界から続いているよう。タクシーの車窓、寝室の窓、バスルームの扉。窓を叩く雨粒が一つまた一つと重なっていく様に不思議と魅せられ、何も考えずじっと見つめ続けていた、その感覚が呼び起こされた。水面のキラキラや雲の流れる空も同じ。小さく細かい模様が視界いっぱいに広がる、その模様の一つ一つは均質なようでいて微妙に違う。くっついたり離れたりする。くっつくと大きいものは小さいものを取り込んでさらに大きくなっていく。目の前の粒Aと粒Bは交換可能なようでいて、もし一つでも交換したらこの今の美しさは違うものになってしまう。まるでこの世界の人間たちのよう。

 続いてスクリーンを埋め尽くす、蒼と紫を基調とした絵の具がガラスの上で混ざり合う映像は、どうしてもロールシャッハテストを想起してしまう。観客全員が被験者。けれどブクガの4人はドクターでもセラピストでもなく、絵の具の海を漂う精霊だ。

 日本青年館ホールの二階席はとても高くて傾斜が強く、舞台を見下ろす格好になり、団地の屋上から地上を見た時の感覚と似ている。高いところから地上を見下ろすことは、神の視点に立つこと。この世の全てが可愛らしく、愛おしく思えてくる。何処の国かもよく分からない幽霊の住む場所のような写真たちを、スクリーンに差し込む巨大な手が写り込む度に、作者が物語世界に突然現れたかのように、時空が歪む。

 コショージメグミの指先まで満ちているエレガンス、矢川葵の飛び跳ねる雀のような可憐さ、和田輪の獰猛なまでにこちらを貫いてくる歌声、井上唯の梟が目を覚ました瞬間のような眼光。強烈なレーザーの光は音楽と完璧に同期して、4人それぞれの肉体の個性を浮かび上がらせていた。

 エモーショナルに歌って踊り、MCでしっかり笑わせ、アンコールではツアーグッズのTシャツで現れ、感謝を伝え未来への野望を語り、オイオイ煽る曲でこの上なく爽やかに終えた、素晴らしいライブだった。

 けれど、「当たり前のことはやらない」という印象だったブクガが、「Solitude HOTEL 4F」でタイムリープと謎掛けを振り撒いたブクガが、こうしてストレートに感動的なことにどうしても違和感をおぼえてしまう。もっと偏執的なまでに、誰も介入できない鋼鉄の美学を貫く、それがブクガだったのでは? ブクガにとって初めての着席公演で、コショージ自身が「みんな、立ってください!」と言った「my cut」一曲以外は着席を貫いてそのステージを観測し続けた観客も、正直物足りなさを……と、ここまでは一回目のアンコールまでに感じていたこと。

 ダブルアンコールで、全てがひっくり返された。あの暗闇で朧げに光る衣装で再び現れたブクガ。そして始まる朗読。シングル『elude』収録のポエトリーリーディング「教室」を観た瞬間、あの暗い地下のライブハウスでコショージメグミのソロ『book house girl(仮)』の初演を観た2014年の秋の日に引き戻された。自らの孤独と劣等感を吐き出す、朗読というよりも内面の独白だったあのパフォーマンスと、今目の前でブクガが繰り広げているステージは、規模も演者の人数も楽曲も何もかも違うけれど、芯の部分で繋がっていたのだと気づかされた。

 一度袖に捌けて最後に現れたのは、真っ白なレインコートに鳥の頭=ペストマスクを装着した不気味な姿、そして「レインコートと首の無い鳥」。最初と最後に置かれた同じ曲。世界のすべては繋がっている。

 いつの間にか不吉さの象徴になってしまったペストマスクは、かつては人々を黒死病から救う医師たちの姿で、希望の象徴ではなかったのか。希望と絶望の反転。過剰にレーザーが飛び交い、ステージに置かれたミラーボールが跳ね返す光はあまりにも眩しくて、4人のシルエットに光が遮られる瞬間しか目を開けていられないほどの強烈な光のステージから、不穏で病理的な世界への反転。そして歌詞が「消える部屋」に差し掛かった時に、唐突に音は途切れ、暗転してライブは終わった。

 激しいレーザーとミラーボールの鋭い光に眼が眩み、その日一日、閉じた瞼の裏の闇には4人の残像が映っていた。白いシャツに付いた滲みのように、いつまでも消えない。

 

■松村早希子
1982年東京生まれ東京育ち。この世のすべての美女が大好き。
ブログにて、アイドルのライブやイベントなどの感想を絵と文で書いています。
雑誌『TRASH-UP!!』にて「東京アイドル標本箱」連載中。
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