KREVAが示した、音楽本来の快楽と知的興奮 『完全1人ツアー2018』東京公演レポート

KREVA、『完全1人ツアー2018』東京公演レポ

 「教育(=エデュケーション)」+「エンタテインメント」=「エデュテインメント」。日本の音楽シーンにおいて、その分野に旺盛に挑んでいる数少ないアーティストの一人がKREVAだ。

 「エデュテインメント」と聞いてもピンと来ない人は、『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)を思い浮かべてもらえればいい。数年前には音楽プロデューサーの亀田誠治が司会をつとめた『亀田音楽専門学校』(Eテレ)もあった。ポップミュージックはどのようにして作られているのか、ミュージシャンのやっていることのどこがどうすごいのか。その成り立ちを様々な角度から“学ぶ”ことができる番組だ。と言っても堅苦しいところはなく、きっちりとエンターテインメントとして楽しめるものに仕上げられている。だから、音楽本来の快楽に加えて“わからなかったことがわかる”という知的興奮が同時に味わえる。

 で、音楽番組だったらそういうエデュテインメントの例は挙げられるのだが、それをライブのステージで、しかもたった一人でやっているのがKREVAである。12月20日、Zepp Tokyoにて開催された『完全1人ツアー2018』の東京公演は、まさにそんなライブだった。

 正直、ちょっと前人未到だと思う。

 「完全1人」と銘打たれたこの日のライブは、バックバンドやDJを設けず、終始KREVAが1人で機材を使いながらライブをするというスタイルの公演だ。ターンテーブル、ミキサー、MPCや様々な機材を自ら操り、すべてのDJ作業を自らコントロールしながらヘッドセットマイクでラップを繰り出す。

 このDIYなスタイルによるKREVAの「完全1人」のライブは過去にも例がある。

 初めてこのパフォーマンスを行い、ファンのみならず同業者のラッパーやミュージシャンの度肝を抜き、“伝説”となった、2007年の『KREVA CONCERT TOUR '07~K-ing~』ファイナルでの武道館。

 そしてソロデビュー10周年を記念して行われた2014年の『KREVA ~完全1人武道館~』では、「完全1人」のスタイルを確立した上で、何をどう見せるのかをしっかりと組み立て構成していくステージだった。

 で、今回の『完全1人ツアー2018』は、いわばその延長線上にエデュテインメント的な要素を持たせたステージ。単に曲を披露していくだけでなく、ステージをいくつかのブロックにわけ、それぞれのパートにテーマを持たせ、新しい機材を紹介し、最終的にKREVAのやっている音楽の「どこがどうすごいのか」を解説していくような内容だ。

 そこで、ここからはライブのステージから筆者が感じ取ったテーマをいくつかにわけてレポートしていこう。

 まず一つ目は、DJの機材と仕組みとテクニックを披露するパート。

 オープニングから大歓声に迎えられステージに登場したKREVAは「ひとりじゃないのよ」や「挑め」のフレーズをマッシュアップしスクラッチを披露し、「トリートメント」「神の領域」を自らラップを披露しながらノンストップでミックス。

 MCでは、Native Instrumentsの「TRAKTOR KONTROL S4 MK3」というDJコントローラー機材を紹介し、イコライザーやフィルターやディレイといったエフェクター、そして二つの異なるビートを混ぜていくDJのテクニックを説明する。

 さらには「Change my mind」から「Changing Same」、「王者の休日」から「Revolution」まで、様々な楽曲に共通する“変化”という一つのモチーフを軸にメドレーのスタイルでつないでいく25分のセットを披露する。終盤には「Tonight」から「瞬間Speechless」へと“瞬間”というモチーフを軸にしたメドレーも披露していた。

 二つ目は、トラックメイカーの機材とスキルを見せるパート。それが中盤で見せた「健康」から「俺は好きは狭い」の展開だ。

 「健康」の前にはMCでKREVAが「みんなで一緒にウォーミングアップしていこうか」と告げ、Native Instrumentsの音楽制作システム「MASCHINE MK3」の画面が映し出されたビジョンを背後に、パッドを叩いてリアルタイムでビートを組んでいく。そこから「健康」を披露すると、再びDAWの画面を再び表示しメインのシンセリフの音色を差し替えて見せる。トラックメイカーの才能とセンスが音色の選択にあることを示し、「俺の好きは狭い」へと続ける。

 そしてもう一つ、圧巻だったのが、アンコールで見せた「9分08秒チャレンジ」だった。KREVA=908にちなんで、9分8秒以内に即興でビートを組むというコーナー。画面に「MASCHINE MK3」の画面を映し出し、無作為に選んだ音色を鳴らし、「お、このスネアはいいね」とか「このメロディが聴こえてんだよな」とか独り言を言ったり鼻歌を歌ったりしながら4小節のループを組んでいく。普段ライブのステージでは見ることのできない、スタジオワークの表情を見せるパフォーマンスである。

 三つ目はライミングの構造とスキルを見せるパート。これまで『908 Festival』で三浦大知らゲストと共に「ライミング予備校」という寸劇交じりのコーナーを展開し韻の踏み方を解説してきたが、今回はこれも一人。「基準」を披露し、メガネをかけた教師に扮して「基準早口完全攻略講座」としてラップのテクニックを教授するコーナーだ。

 いわく、「『基準』とは“偉大なるねじふせ”である」とのこと。ピッタリと母音をあわせた韻を踏まなくとも同じ音を強調して重ねていくことでリズムを加速していく「基準」のラップの構造を、タッチスクリーンのに板書しながら解説する。

 そして四つ目は、機材の可能性を追求するパート。後半の「ひかり」では、「19歳の時に初めてローン組んで買った」というサンプラー、AKAIの「MPC3000」をフットペダルで操作。8×8=64個のボタンがずらりと並んだDJ TechToolsの「MIDI Fighter 64」というコントローラー、歌声にオートチューンとハーモナイザーをかけることのできるエフェクター、Rolandの「VT-4」、さらに「BigSky」というリバーブのエフェクターを駆使して一人で歌う“弾き語りならぬ押し語り”を披露する。

 さらに「百人一瞬」と「存在感」では、AKAIの「MPC4000」をnordの「nord rack3」、Rolandの「Fantom XR」(ピアノ)、Dave Smith Instrumentsの「OB-6 Module」という音源モジュールにつなげ、それぞれベースとピアノとシンセを担当させバンドに見立てて演奏する。

 また、終盤にはボコーダーを「Ableton Push」というパッド型のMIDIコントローラーにつなぎ、リアルタイムで演奏しながら「Tonight」の歌を聴かせるパートもあった。

 KREVA自身も「なんでこんなハードルあげてるのかわかんないけど」と呟いていたし、基本的にはデジタル機材なので事前にプログラミングしてしまえば全部済むことだし、やるにしても鍵盤を弾いたほうが手軽だとは思うのだが、あえてMIDIコントローラーを「演奏する」ということで立ち上がるパフォーマンスの強度を見せる、という意図もあったのだろう。終盤のMCでKREVAは「鍵盤を弾けないのがコンプレックスだった」と語っていたが、ずらりとDJ機材やスタジオ機材が並んだステージ上に鍵盤が存在しなかったのも印象的だった。

 そして五つ目は、ここまで語ってきたエデュテインメント的な要素はおいておいて、とにかく一人で生身の歌を届ける、というパート。本編ラストの「希望の炎」、そしてアンコールラストの「音色」はそれだった。そこまでいろんな準備を仕込み、いろんな構成を仕込み、機材やテクニックを紹介し、いろんなことをやってきたからこそ、最後に披露したシンプルなパフォーマンスが胸に響いた。

 MCでは4歳から7歳までクラシックギターを習っていたことを明かし「実は音楽を始めたきっかけはギターだった」と語っていたKREVA。ラストにはギター型MIDIコントローラーを手にし“弾き語り”に着地したのも見事だった。

 「何やってるかがわかると面白い。それがみんなに伝わってたらいい」とKREVAは語っていた。きっと、彼自身、機材やソフトウェアとの出会いがインスピレーションになって音楽が生まれるという体験を経てきたからこそ、このライブでも一つ一つの使用機材の名前をきっちり紹介していたのだろう。なのでこのレポート原稿でも、できるかぎりそれを記している。気になったら検索かけてみてほしい。

 でも、別にお金がなくたって、高価な機材やコントローラーを買わなくたって、音楽は作ることはできる。今の時代だったらスマホのアプリでもループを組んだりトラックを制作することができる。iPhoneのボイスレコーダーだって立派なサンプラーだ。そのことは筆者から補足しておこうと思う。

 脳の中で音が聴こえてきたら、あとはそれを鳴らすだけ。誰にだって、その日から始めることできるーー。KREVAの「教育」は最終的にそういうメッセージを伝えているように感じ取った。

(写真=岸田哲平)

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば」Twitter

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