豊田道倫と高校3年生の私ーー新作『サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト』から回想したこと

豊田道倫と高校3年生の私

 昨年末にパラダイス・ガラージ名義で18年ぶりの新アルバム『愛と芸術とさよならの夜』を発表した豊田道倫が、本人名義による新アルバム『サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト』を1月18日にリリースする。

 ギターサウンドに軸を据えた本作は、20余年にわたるソロ活動の集大成であると同時に、サイケデリックで不穏な空気を放つ、豊田の新たな音楽志向を刻んだ一枚でもある。本作を聴いたリアルサウンドテック編集部員が、自身の「豊田道倫」体験をつづった。(編集部) 

 当時高校3年の私は東京の大学受験に失敗し、上京の夢が断たれ、荒れに荒れていた。同級生は進路が決まっているのに自分だけ何も決まっておらず、その鬱屈をぶつけるために手を出したのが「2ショットチャット」という、ネット版のテレクラみたいなものだった。

 男女どちらかもわからない奴らがチャットHを繰り広げる中で、あえて募集欄に好きなアーティストを並べ、そこに反応した人間たちと喧嘩したり、荒んだ心の傷を埋めあったりしていた。そこで出会ったのが5歳年上、東京在住の倉田くんだ。私がドキュメンタリー映画や90年代のAVがとても好きだと伝えると「これも好きだと思うよ」と彼はパラダイス・ガラージを教えてくれたのだ。

 実際に音源を送ってくれたので聴いてみると何とも聴きづらく「いいね」とは言い難かったのだが、私は倉田くんに惚れてしまっていたので、彼との共通言語を増やすために何度も繰り返し聴き続けていた。

 最初はそんな不純な理由だったのだが、聴いていく内に人間のダメな部分を許容してくれるかのような歌詞に引き込まれていった。あまりにも包み隠さず、歌の中で“自分”を見せてくれるので、ノイズが多く、癖のある歌声も聴くたびに愛着が湧いてくる。

 歌に出てくる景色を知りたくなり、大阪・難波屋の投げ銭ライブにもよく足を運んだ。ゼロ距離に豊田さんがいるにも関わらず、緊張で何も喋れず、ライブが終わると目を伏せてそっと店を後にし、ライブの感想を頭の中で考えながら西成の街を歩くのがとても好きだった。

 豊田さんの歌は音楽というよりも小説のようだ。言葉遊びに可愛らしさがあるところ、悪い部分を隠さないところが好きだし、苦悩をポップに歌い上げているところが素敵だ。だから新譜が出るたびに今はどんな事を考えているんだろうと少し覗いてみたくなってしまう。

 その後、倉田くんとビデオ通話をする機会があったのだが、現れたのは予想と掛け離れたビジュアルの男で、私は一瞬で冷めてしまい、結局実際に会わないまま関係は終わってしまった。「味のある顔」と愛せれば良かったのだが、まあ10代には難しい。それこそ何度も会えれば違ったかもしれないが、大阪と東京は地味に遠い。

 『サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト』はこれまでのアルバムのように静かに燃えているというよりは、前向きな強いエネルギーを全編を通して感じるし、なんだか良い意味で若い。しかし音は洗練されていて、大人っぽさもある。20、30代の苦悩や苦味を消化するとこんな音になるのだろうか。また繰り返し聴くと、その時あった出来事を歌と共に思い出し、エモくなってしまうのだろうか、なんてことを考えてしまう。きっと倉田くんとはこれからも会うことはないけれど、これは一緒に時代を歩いていける作品だと思う。

(文=平沢花彩)

豊田道倫『サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト』

■リリース情報
『サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト』
1月18日(金)発売
¥2,000円 + 税

<CD収録曲>
1. 国道沿いの(YouTube
2. シャーク(SoundCloud
3. サンシャイン・グレイブヤード
4. 午前2時のメリー・ゴー・ラウンド
5. サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト
6. レボリューション48
7. 1991

sounds and songs by 豊田道倫
guest(voice and lyrics):玉名ラーメン(M1)
mastered by 須田一平 at LMスタジオ

『サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト』特設ページ

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