大友良英インタビュー【後編】 “制約”が生み出す楽曲制作や演奏の面白さ

大友良英、“制約”が生み出す面白さ

 宮藤官九郎脚本のNHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺~』の劇伴を収録した『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』がリリースされた。また、同作の劇伴を務める大友良英がこれまでに手掛けた映画・ドラマの劇伴を収録した『GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』も発売。『あまちゃん』『トットてれび』などに加え、資生堂「マキアージュ」のCMソング「LADY-EMBELLIE」やNHKのラジオ番組『すっぴん!』のテーマ曲なども本作で初CD化となった。

 今回リアルサウンドでは、大友良英に『いだてん ~東京オリムピック噺~』をはじめとする劇伴がどのように作られてきたのかを中心にインタビュー取材を行った。後編となる今回は、職人・大友良英の楽曲制作に対する考え方にフィーチャーしてお届けする(前半はこちら)。(編集部)

プレイヤーに“当て書き”する劇伴の作り方

一一大友さんの劇伴の音楽と、それとは切り離したアーティストとして、プレイヤーとしてやる音楽は、どういうふうに違うんですか。

大友:えっとね……それがあんまり違わないような気が最近してきて。たとえばだけど、自分個人でやってる音楽とはいえ「俺こういう音楽やりたいからやらせてくれ」っていうよりは、ライブハウスから「何月何日空いてるんだけど、やらない?」っていう依頼で来ることが多いじゃない? あるいは、菊地成孔から「デュオやりたいんだけど」って言われてやる音楽と、劇伴で作ってる音楽に何の違いがあるのかって、あんまり差がないような気もするんです。ただ劇伴は、明らかに、この映像をどう見せるかっていうことが一番の主眼になるけど、ライブのときは、一緒に共演してる人とお客さんの中で、自分はこういう立ち位置で音を出すってことを考える。大友っぽくギャーッとノイズをやんなきゃいけないとか、まあ思うときもあるけど、でもアコギだけ持ってってもいいし、ノイズでやってもいい。ただこうしたら大友の音楽だからみたいな縛りでやるんじゃないほうが好きで。

ーーなるほど。

大友:何の規制もなく「好きにやってくれ」って言われたら、まぁ、俺だいたいノイズ選ぶんだけど、それはほんとただ楽しいからなんだけど。だけど最近だと盆踊りをやることも多い。あれもお客さんに媚びて音楽性を変えてるつもりはまったくなくて、あの現場の中であの音楽が鳴ることで人が踊り出すっていう役目を果たすのが好きだから。


一一自分の演奏がもたらしたものによってその場の空気が変わっていく、それが面白い。

大友:うん。だから、俺思ったんだけど伴奏が好きなんですよ。単に歌の伴奏ってだけじゃなくて、盆踊りのように祭りの伴奏したり。ギターって伴奏楽器じゃないですか。ソロでも立てるけども、基本ギターは伴奏楽器だと俺は思ってるので。だからギタリストにプロデューサーが多いのはそれもあると思う。ジム・オルークとか俺とか。ここの中でどう伴奏したらその場が引き立つかっていう発想をついついしちゃうから。

一一でもスーパー・ギターヒーローみたいな人もいますね。

大友:俺ああいうの興味ないもん。自分がやるっていう意味では。自分にそんな技術もないけど、そうなりたいも思わないし。真ん中に立ってギターソロとか恥ずかしいよ。端っこに寄って伴奏するのが好きかな。メインの人が立ってるのを見ながら。

一一そこで変な音を出してみる(笑)。

大友:そう。それで伴奏してるくせに変な音出すっていう。ずるい、嫌なヤツだよね。自分は真ん中にいないのにっていう。でもそれは昔からなので。だから伴奏って意味では、もう劇伴って言葉が、劇の伴奏じゃないですか。伴奏の立ち位置が好きなんだと思う。

一一ご自分がリーダーのバンドであったとしても、やっぱり伴奏っていう意識?

大友:そう。だから俺、自分がリーダーのバンドが一番居心地が悪くて。リーダーシップはもちろん取るんだけど、自分がメインでメロディ取ったりするのがあんまり好きじゃないので、必ず誰かにメロディを取らせて俺は伴奏に回ってる。ONJQにしろ、スペシャルビッグバンドにしろ。

一一そういう大友さんの考え方は、エレクトリック・マイルスとかフリージャズの集団即興的なあり方みたいなものと関係しているんですかね?

大友:そうなのかも。もちろんソロイストが立ってるジャズもすごい好きだけど、自分でできるとはまったく思ってないし、自分の中にあのメンタリティはないですよね。それよりは、誰か凄い人の伴奏するほうが好きだけど、ほんとは集団即興が一番好きかもしれない。誰がメインってわけではなく、みんなでサウンドを作るっていうのが。

一一ライナーにも書かれてますけど、大友さんの劇伴も基本的には即興なんですよね。

大友:そうそう。もちろんメロディとかは書くけど、なるべくあんまり譜面に書きすぎずに、その場でみんなが、それを素材にして遊べるほうがいいとは思ってる。ただ劇伴の場合はいろんな制約あるから、ここでメロディ出なきゃいけないとかあるから、それはやってもらうけど。普通のスコアだときっちりとそれを読み込んで、きっちりバーンとやるんだけど、それはあんまりやってないかな。

一一スコアは書くわけでしょ、一応。


大友:いやー……書くけど、すごい時間かかっちゃう。特にストリングスの人に演奏してもらうにはスコアが必要だから、自分はスコアを書くちゃんとした技術は持ってないので、江藤直子さんが俺には欠かせなくて。やっぱりクラシックの人が読むマナーっていうのを知って書かなきゃいけないじゃない? 俺が知ってるのはジャズやポップスの人に読んでもらうマナーなので。なので江藤直子さんが俺の劇伴にはマストです。彼女のおかげでものすごく世界が広がりますから。今回(『いだてん 』)は特に江藤さん大活躍です。テーマ曲は俺作曲ってなってるけど、江藤さんの、あのオーケストラスコアがなければ成り立たない。

一一なるほど。集団即興、プラス、伴奏するっていう意識を持っている大友さんだからこそ、これだけたくさん劇伴の仕事ができた。

大友:そうかもしれない。俺はソロイストじゃないから、自分の音楽をそこで聴かせたいっていう欲望はないので、監督からみたら便利だったのかもしれない。

一一でも大友さんも自我がないわけじゃない。めちゃくちゃあるでしょ?

大友:あるよ。それはありますよ。俺が作ったとは言いたいですよ。ただ、一応俺の名前になってるけど、一人で作ってるんじゃない、とははっきり思ってる。設計兼現場責任者くらいの感じ。そこに素晴らしいプレイヤーがいてこそ、作れてるわけで。俺の場合劇伴もメンバーは自分で必ず納得した人を呼ばないと嫌で。通常だとこういう劇伴の仕事ってインペグ屋さん(ミュージシャンを斡旋する業者)が、作曲家がオーダーしたサックス一人、トランペット二人、ドラム一人っていうのに合わせて手配するんだけど、俺の場合はインペグ屋一切通さずに全部自分で連絡する。たとえばドラムが芳垣安洋ってなったら、彼が叩いたら映えるように考えて書く。でも、もし彼の都合がつかなくて別の人が来る場合なら、その人に合わせて書きなおす。当て書きなんです、台本でいえば。

一一ドラマの台本を読んで、この場面のこの音楽であればこういう人を呼ぶ、ってことまで考えてるんですか。

大友:考えてる。だからその人の都合聞いて、都合が合わないときけっこう計画が狂う。それはソロイストだけじゃなくてドラムとか特に。このドラマーだったらこういうビートを出すっていう前提で曲を書いてるけど、その人がダメだったときに別のドラマーに頼むじゃない? でもリズムの個性が違うから、そうすると曲を変える。それは『いだてん』だけじゃなくてあらゆるもので。今回は芳垣(安洋)だ、じゃあ芳垣が叩いたらこうなるだろうなと思って書くし、坂田学さんだったら坂田学節に合わす。

一一自分で打ち込みで全部作ってる人は全部自分でコントロールできますね。

大友:そうそう。だけど俺、全部自分でコントロールしたものを面白いと思ってないので。そういうのも含めて、予定していた人がダメで別の人ってなった時に、その人でいいものを作ればいいと思ってるから。

一一そこは記名性、その人ならではの個性が必要だと。

大友:そうそう。俺の記名性はどうでもいいと言いながら、やっぱりね。だから来たミュージシャンの名前は出したいんですよね。これは芳垣が叩いたからこの感じになってるんだよ、っていうのはどっかで言いたい。誰でもいいわけじゃない。もちろん打ち込みで音楽作るのにも面白いものはたくさんある。でも『いだてん』のテーマ曲を打ち込みで作るとかはあり得ないな、俺にとってはね。単純に譜面どおりの形がただ仕上がればいいとはまったく思ってないから。微妙なニュアンスじゃない? 誰が叩くかとかって。だけどそのニュアンスがすごく重要なんです。俺にとっては。

一一そういう人間味、ある種の余白、ゆらぎの良さって大友さんの音楽にはありますね。きっちり細部まで決め込んだものじゃない良さっていうのがすごくある。

大友:たぶん決め込んじゃうと、演奏している人たちの顔が見えるというよりは、より作曲家の顔に音楽がなっていくんだと思う。でも脳内で作ったものを再現していくみたいなものに面白みをまったく感じなくて。それよりは「あぁ、このメンバーでこうやったら楽しいかも」とか「絶対グルーヴする、これ」っていう思いつきが重要で、それで現場が実際にイキイキしだして、予想を超える何かが生まれるときのほうがはるかに楽しいから。

一一自分が想定したメンバーを集めて演奏したら、だいたい思い通りになりますか。

大友:なる、とも言えるんだけど。でも、もっと言っちゃうと予想は途中で止める。すごく予想しちゃうと、そのズレが気になるでしょ。だから入り口くらいだけ、ドア開けるくらいにしておいて、あとは現場で新鮮に楽しむ。あまりにも予想しちゃうと、あ、違うってなった時につまんないじゃない? それを修正しようとしたら絶対いい結果は起きないので。それは映画音楽だけじゃなくて、あらゆるものでそうしないと。たとえば数名のメンバーだったらコントロールが効くけど、盆踊りの現場で何百人も踊ってるところを自分の脳内で全部完成させて「こう踊んなきゃ嫌だ」とか無理じゃない? それよりもみんな勝手に、爺ちゃん婆ちゃんも踊ったり、犬や猫もいるっていうのを見て楽しいわけだから。それと同じように楽しみたい、録音の現場も。だから何かを再現するためにやるようにはしないようにしてる。そこで起こったことがただ面白くなりゃいいやって。

一一でも劇伴だと、サイズとか、制約がある。

大友:あるある。たとえば2分20秒に収めなきゃいけないってなったら、それはきっちり守んなきゃいけない。俺ね、ハードルがある中でそれをやるのが好きなんです。全部自由でやるよりは、これ2分20秒で収めなきゃいけないとか、1分15秒目で景色が変わんなきゃいけないとか、ハードルがある中で自由にやるっていうのが好きで。それが上手く行ったときは、よっしゃあって思うから。ただハードル超えるだけじゃなくて、超えてることによって予想もしなかった面白さが出てくるみたいなのが好きで。制約はあったほうが面白い。

一一まったく自由にやってくださいって言われるとかえって困る。

大友:たぶん人ってそうだと思うよ。制約はあったほうが面白い。制約の種類にもよるけど。

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