米津玄師「海の幽霊」レビュー:想像を駆り立てる“声”と“サウンド”の革新性

米津玄師「海の幽霊」レビュー

 米津玄師の歌声は、エレクトロニックなビートメイキングをふんだんに取り入れた『BOOTLEG』(2017年)以降、個性と表現力をいっそう伸ばしている。バンドアンサンブルとボーカルがひとつの塊になって飛び込んでくるようなロック系の典型的なサウンドから、各楽器が端正に配置されたすっきりとしたサウンドへと転換したことで、その印象はより強まった。声に重点を置くためにそうしたサウンドを求めたのか、サウンドが変化することで声の魅力が浮かび上がってきたのか。いずれにせよ『BOOTLEG』を経たシングル曲「Flamingo」(2018年)に至っても、その傾向は強まるばかりだ。

 「Flamingo」では、歌唱法のチャレンジとそれを活かすサウンドの整理、さらに意識的に挿入された「素」の声まで含め、楽器としての彼の声が持つポテンシャルを開花させていた。

(写真=山田智和)

 ということを改めて振り返るのは、ほかでもない、6月3日に配信リリースされた新曲、「海の幽霊」を聴いてのことだ。Prismizerをはじめとする特殊なソフトウェアを用いてボーカルを大胆に変調する、いわゆる「デジタルクワイア」が取り入れられたこの曲。いきおい、彼の声について考えざるをえない。

 とはいえ、米津はこれまでにもPrismizer的なエフェクトを使ったことがある。たとえば、『BOOTLEG』収録の菅田将暉とのコラボレーション楽曲「灰色と青」では、メインのボーカルを支えるコーラスが変調されている。少し異なるが、同作収録の「Moonlight」や「fogbound」でも、オクターブ上やオクターブ下へ変調されたボーカルが重ねられ、楽曲に浮き世離れしたタッチを付け加えているのが印象的だ。

(写真=山田智和)

 そのうえで「海の幽霊」が特に重要なのは、このエフェクトがメインのボーカルのサブ(つまり、歌詞のない「ウー」というコーラスとか、コールアンドレスポンス的なパート)としてではなく、メインのボーカルそのものにかけられていることだろう。

 Prismizerのサウンドは、人間の声をマシーンのように冷たくするのではなくて、ひとつの声に複数の声たちを宿らせることで、「私」というエゴを解体するかのように作用する。いわば何者かが声に取り憑くのだ。その意味で「海の幽霊」のボーカルに寄り添うクワイアは比喩的に「幽霊」であるかのようにも思える。「海の幽霊」のきらめきを歌いつつ、電子的に生成された「私」ならぬ声を従えるこの曲は、きわめて豊かなイメージを聴く者に提示する。

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