乃木坂46、グループが育んできた基調とは ドキュメンタリー映画が映すメンバー同士の愛着

 乃木坂46のドキュメンタリー映画『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』(以下、『いつのまにか、ここにいる』)は、2010年代に作られてきた多人数アイドルグループのドキュメンタリー映画群のなかでも、ひときわ静的なたたずまいを持っている。わかりやすくセンセーショナルな映像が呼び物になるわけでも、不条理な負荷が映し出されるわけでもない。けれども、もちろんそれはドラマの欠如を意味しない。

7/5(金)公開/予告編『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』公式

 このドキュメンタリーが軸にするのは、乃木坂46メンバーそれぞれが他のメンバーたちに向ける愛着、あるいはそれぞれが乃木坂46メンバーとして過ごす日々に抱く愛おしさである。それはなにか特定の劇的な事件によって駆動されるのではなく、穏やかな言葉や振る舞いのうちに豊かに滲み出してくるものだ。一方でこの作品は、日本レコード大賞の連続受賞や西野七瀬の卒業など、グループの形も社会的位置も否応なく移り変わってゆく季節を追尾した記録である。しかしまた、この映像の主体はそれらのイベントそのものではなく、あくまでメンバーそれぞれが相互に向け続ける、仲間への愛着のありようである。

 そうした筆致だからこそ、本作を象徴する瞬間も、あからさまに動的な場面ではなく、ある静謐な円陣をとらえたワンシーンに訪れる。作中で二度用いられるこの円陣シーンは、一度目は本作の監督・岩下力が乃木坂46へのパースペクティブをつかむ起点として挿入され、二度目にはメンバー相互の慈しみ合いやわずかな刹那の尊さ、圧倒的な有名性を背負った立場を引き受けること、プロフェッショナルとしてある頂点を掴む直前の緊張感など、幾重もの意味を含んだ瞬間として立ち現れてくる。このシーンが物理的に映し出すのは、メンバーの手指の微細なうつろいや円陣を解いた直後の表情の変化など、あくまで静かな動きの連続である。このように静的なひとときのうちに、このグループが育んできた基調が集約されていくのが、本作の特徴のひとつになる。

 もっとも、監督の岩下ははじめからこうした基調を捉えられていたわけではない。この作品を特徴づけるもうひとつの要素は、乃木坂46にアプローチする岩下の模索にある。岩下は本作序盤、「何を映画にすればいいのか」についての戸惑いを素朴なほどに吐露してみせる。それは、乃木坂46の醸成する空気がわかりやすく異常だからではない。むしろ、当代のアイドルグループとして「すべてがうまくいっている」ように見えるからこそ、岩下は逡巡する。その逡巡は岩下があらかじめ抱いていた、「アイドルドキュメンタリー」なるもののイメージに起因している。

 それは、彼の示した言葉でいえば、「少女の成長譚」であり、「一般の少女がスターを目指す道のり」である。岩下は当初、そうした要素にこそアイドルドキュメンタリーの真骨頂や最大のドラマ性を見出していた。岩下の迷いは、それら典型的なドキュメンタリーの鋳型を投影する対象として、乃木坂46がなじまないことによる。

 岩下が想定するような一般の少女がスターを目指す成長譚を数多く紡いできたのは、たとえば2010年代のAKB48グループに代表されるドキュメンタリー群である。既存のファン層を超えて社会的なインパクトを与えたそれらいくつかの作品は、しばしば恣意的に引き起こされる事件に翻弄される小さき者たちとしてアイドルを映し出し、ときに「戦場」とのアナロジーをもって論評されてきた。そうした手触りの作品は、いかにも「ドラマ」を見出すための機会にあふれている。

 ドキュメンタリーがあくまで作家の視座によって現実を切り取るものである以上、岩下が乃木坂46の活動のうちに、あくまでそうしたおあつらえ向きの鋳型を求め探そうとすることも不可能ではないはずだ。しかし、エトランゼとして乃木坂46に密着する岩下は、そのような明快なドラマに肉薄することを選んでいない。ナレーションの機能をもって時折挿入されるテロップでは常にメンバーの名に敬称を添え、探るようにメンバーたちに質問を投じるさまには遠慮と敬意が相半ばする。そのアプローチゆえ、本作には監督自身の模索が常に随伴し、おさまりのいい「物語」に着地するわけではない。けれども他方で岩下のそのアプローチは、乃木坂46が担うメディアスターとしての職業的性格をあくまで尊重する姿勢ゆえに生まれるものでもある。岩下が彼女たちをあらかじめプロフェッショナルとしてまなざし、その姿勢を保ち続けたことは、この作品のトーンを決定するうえで密かに大きい。

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