綿矢りさが語る、女性同士の恋愛小説を書いた理由「文章はユニセックスに表現できる」

綿矢りさが語る、ユニセックスの文章表現

 ひとつは手を繋いでいる写真、もうひとつはお互いの足をすり合わせている写真、そのどちらも明らかに女性同士のものだ。これは綿矢りさの新作『生のみ生のままで』の上下巻のカバー写真。このカバー写真からもわかるように、本作で描かれたのは女性同士の恋愛。ケータイショップに勤務する南里逢衣(なんりあい)、芸能界でトップ女優として活躍する荘田彩夏(しょうださいか)の2人が、互いに愛する男性がいながらも惹かれあい、数々の困難を乗り越えていく姿を、圧倒的な熱量とスピード感で描き切った意欲作だ。なぜこのタイミングで女性同士の恋愛を書いたのか、今まで恋愛を書き続けてきた理由、そして作品内で使用された楽曲まで、詳しく話を聞いた。<インタビューの最後にプレゼント企画あり>

「時代と書きたい気持ちが合致した」

――発売からおよそ3ヶ月経ちますが、反響はいかがでしょうか? 

綿矢:性描写が多くて照れたとか、それで読むのに時間がかかったなどの意見もありましたが、まっすぐエモーショナルに感動してくれたのは、元々このようなテーマに興味関心があって、小説を手にとって下さった方々かなと思いました。性描写の中ではふたりの会話が多いのですが、恋人同士でありながら友達でもある、その狭間のような関係性を描けたらいいなと思いました。友達とする会話と、恋人でないとしない会話を、グラデーションのような形で出せたらいいなと。

――確かにそのシーンを読んでいても、逢衣がたまたま愛したのが彩夏だったのか、それとも恋愛対象が女性に変化したのかもわからない。あえて曖昧に描いている印象でした。

綿矢:視覚化すると男と女って、体や身につけているものもだいぶ違いますよね。でも文章にすると、読んでいる人が自由に想像できる。たとえば「目」と書いても、男か女かは分からない。文章だとよりユニセックスな感じに表現できるということに気づいて、そこは意識して書きました。私は三島由紀夫や谷崎潤一郎が書いていたものが好きだったので、文章にしかできない「緻密な美しさ」をずっと感じていて、いくらでも想像を掻き立てられるように書けるんじゃないかと思っていました。だから、ある意味ではものすごく詳しく書いているけど、人によって思い浮かべる情景は違うと思います。あと、人は必ずしも男らしさや女らしさに惹かれて相手を好きになるわけではない、ということも描きたかった。そんなものは後付けで、男も女も皮膚感覚でいうと、そこまで変わらないんじゃないかということも表現したかったです。

――また興味深かったのが、7年という空白の時間があった2人をつなぐのが、メイクブラシという「モノ」というところです。

綿矢:今は物が溢れていて、要らないとすぐに捨てちゃう時代だと思うんですよ。だからこそ、流れる年月が長い分、その間も想っていたというのを表現するには、思い出のものをずっと持っていることで表現できたらなと思いました。私は捨てちゃうタイプなので、余計に意味を見出したのかもしれないです。

――以前の作品『ひらいて』でも恋愛ではなくても、女性同士の行為のシーンはありました。

綿矢:『ひらいて』を書いたときに、女の人同士の部分をもっと書きたいという気持ちはあったんですけど、そのときはまだ臆するところがありました。ちゃんと書けるかな?と。今回はようやく時代の風潮と書きたい気持ちが相まって、やってみようと思いました。そのため、今回、書くにあたって『ひらいて』は読み返しました。普段は読み返すことはほとんどないんですけど、尖ってましたね〜(笑)。エッジが立っているというか……もう、こういう表現は使わないなぁって思ったりしました。昔は読むのが恥ずかしかったんですけど、今は自分じゃない、全く違う人が書いてるんだという感じで読めますね。

「演じているうちに物語に染まっていくような人が好き」

――先ほど「時代」という話が出ましたが、今、LGBTQに対して理解が深まると同時に、表現者として気をつけなければいけない部分が増えたと思います。

綿矢:使う単語には気をつけました。なるべく直接的な表現は避けるようにして、あと間違った捉えられ方をするのは嫌だったので、誤解されそうな部分は説明するように書きました。そういうのは今まで本を書いてきて、あまり考えたことがなかったですね。それと、書いていた最中は気づかなかったのですが、今まで書いてきたものに比べて、「ひねくれ度」みたいなものは減ったと思います。嫌なキャラクターがあまり登場しないし、登場させるにしても、その性別は意識して男性にしないようにしました。異性との恋愛が上手く行かなかったから、またはトラウマがあるから同性に恋をした、という風にも読める可能性が出てくるのでは、と思って。あと、作品が恋愛を描くことに注力しているからということもあります。恋愛は一生懸命に書いていると、汚い部分がどんどんなくなってきてしまうというか……。読者の方のレビューが出揃ってきているのですが、人によっては、そこが物足りないと感じるみたいで、「私の作品に屈折を求めている人もいるんだ」と気づきました。その辺は反省ですね。

――読者のレビューを読んで参考にしたりするのですね。

綿矢:読みますね。ネットで星の数とかも見られるので。「そうか……」と反省したりしています(笑)。

――なるほど(笑)。綿矢さんはこれまでの作品でも、芸能界に携わるキャラクターを描いてきましたが、今回また書くにあたってヒアリングなどはしましたか?

綿矢:しました。前に書いたときと芸能界が変わっているかもしれないと考えたこと、そして今までのキャラクターよりも、彩夏はもっと人気のある大スターとして書いてしまったので、そうなると前の作品の主人公とはまた違うのかなと思い直して、さらにもう一回話を聞きました。実際に本作での描き方は、これまでとは異なっていると思います。同じく芸能界に携わるキャラクターが登場する『夢を与える』を書いたときは、自分がまだ若くて、20代で絶望したらそこで再起不能みたいに思っていたんですよ。でも35歳くらいになってくると、同じ業界でしぶとく努力して、生きていくというのを意識するようになってきました。だから年齢を重ねたことが、芸能界や女優さんに対する考えを変えたのかもしれないです。

――そもそも綿矢さんが、芸能界のことをよく書かれる理由は何ですか?

綿矢:明と暗、オンとオフみたいな書き分けが好きなのと、演じているうちに物語に染まっていくような人が好きなので、そういう人物を書きたい気持ちは常にあります。役に入り込みすぎて、その役と自分のギャップに苦しむというようなことは、その職業ならではの葛藤だと思うので。特に彩夏で書きたかったのは、仕事だと割り切って、全速力で進みながらも、疲れて果ててさらに病に侵される。それで前より容姿に自信がなくなっていき、翼が折れたみたいに落ち込む。これまでは仕事だから“美女を表現していた”ところに、仕事だけじゃなくて、私生活でも落ち込むことが起きる。そして、それを乗り越えていくような、表裏一体のところ。そういうところに魅力を感じます。

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