中国SF『三体』は理系が苦手でも楽しめる! キャラクター小説としての魅力を考察

キャラ小説としての『三体』

 私は理系科目が物凄く苦手だ。高校生のとき「上手くいってたら80点、失敗していても60点は取れてるな」と思った数学のテストで0点を取って留年しかけて以来、理系科目とは距離を取っている。同時期にはSF小説とも何となく距離感ができてしまった。しかし、こうした過去の(私からの一方的な)理系への遺恨を乗り超え、ページをめくる手が止まらなくなり、何なら今から数学を勉強しようと思い立ったSF小説、それこそが『三体』だ。

 『三体』は中国を舞台にした驚きのSF小説である。ナノテクノロジーの研究者である汪淼(ワン・ミャオ)は、絵に描いたような野獣刑事の史強(シー・チアン)に連れられて、謎めいた会議に参加する。そこで世界中で科学者が次々と自殺する怪事件が起きていることを知らされる。さらに汪淼の身にも次々と不可思議な現象が起き始め――。あらすじは触りの部分だけ書いておこう。ここから物語は、謎のオンラインゲーム『三体』、実際に存在する『三体問題』、文化大革命などなど、事実とフィクションを織り交ぜながら、急激に風呂敷を広げてゆく。その部分を楽しむためにも、あらすじの説明はここまでにして、ここからは個人的に本作に感じた魅力を語っていきたい。

 先にも書いたように、理系が苦手な私がこの小説を最後まで楽しく読めたのは、ひとえに本作の豊かなキャラクター性のおかげだ。本作には様々な組織や怪人・変人・狂人が次々と出てくる。前述の野獣刑事の史強も凄い人物だ。多くの人から「アニキ」と呼ばれ、後半では物凄い行動力を見せてくれる。雑誌で例えると、他の登場人物が『科学雑誌Newton』の世界にいるなら、彼は『漫画ゴラク』の世界の住人だ。そして主人公である汪淼というキャラクターもたいがいな変人である。物語は基本的に彼の目線で進むのだが、読んでいる途中で何度も「それどころじゃなくないですか!?」「そっちに話が行くんですか!?」という気持ちになる箇所が多い。普通なら会話どころではない状況でも、彼は科学に関する話が第一だ。相当な変人であるが、一方で何故か親近感も湧く。この部分がキーポイントだ。

 自分の守備範囲の話題になったら、どうしても饒舌になってしまう――そういう人は多いのではないか。そして、専門家に専門の話をさせると、それが自分の専門に関係なくても、熱量に押し切られ、楽しく聞けてしまうこともある。私もプログラマーの方とお話する機会があり、その方は「世界の全ては数字で管理できる!」と2時間ほど力説してくれた。技術的なことはイマイチ分からなかったが、それはさておき、凄く楽しかったのを覚えている。プログラミングだけではなく、絵画・ヤクザ・漫画・アニメ・音楽、とにかく何でも「これが好きで好きで、たまらない!」という人の話を聞くのは楽しい。それが自分の全く専門外のジャンルでも、そういう人は必ずジャンルを総括するような印象的な一言を発する。それで何となくそのジャンル全体が掴めて、理解の第一歩となるのだ。そして私は、本作の主人公である汪淼から、ひいては本作の作者である劉慈欣(リウ・ツーシン)から、こうした事を勝手に読み取った。

 劉慈欣は自身も大のSF好きであり、インタビュー(中国発の本格SF「三体」劉慈欣さんインタビュー 科学の力、人類の英知を信じて執筆)を読むとアーサー・C・クラークやH・G・ウェルズ、ジョージ・オーウェル、さらに日本の作品についても小松左京や田中芳樹の『銀河英雄伝説』をお気に入りにあげている。こうしたお気に入りの作品からの影響を彼は隠そうとしていない。端的に言えば、好きなものを書いているシーンの熱量が凄いのだ。(日本版では)冒頭に配置されたドラマティックなシーンは比喩を多用し、研究者同士の議論では専門用語が全くの説明なく飛び交う。一方で、たとえば日常の細かい描写や、ともすれば「雑」と言えるほどの扱いを受けている要素もある。これは興味がないというか「そこは別にいい」という彼のストロングな姿勢だろう。「そこは別にいいから、俺はこの話がしたいんだ!」という強い意志を感じる。そして、こうした本作の「好きな話をするぞ!」という姿勢は、主人公の汪淼のキャラ性にも通じる。私は汪淼というキャラクターを通じて、劉慈欣という人間の話を聞いているように感じた。だから最後まで楽しく読めたのだろう。私は「これが好きで好きでたまらない!」という人の話を聞くのが好きなのだから。

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