笑えないコメディー『マネー・ショート』が浮き彫りにする、人間社会の悲喜劇

『マネー・ショート』が描く社会の悲喜劇

「お父っつぁん、煙草の灰がふとんに落ちて燃えてるよ。火を消しなよ」
「面倒くせえなあ。お前が消してくれればいいじゃねえか」
「おいらも面倒くせえんだよ。ああ、部屋が燃えてきたよ。いよいよ逃げなきゃ駄目だよ」
「逃げるのも面倒くせえ」
程なくして、この二人は焼死したという。古今亭志ん生による落語の一場面である。事実を基に金融市場や経済界の実態を描く映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は、明白な問題がありながら目先の利益を優先し、誰ひとり現状を好転させるような手を打たなかった事態の顛末を、落語のように滑稽に描いている。

 ブラッド・ピット製作・主演で映画化された『マネー・ボール』の原作を書いたマイケル・ルイスの書籍「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」を、同じくブラッド・ピットが代表を務める「プランBエンターテインメント」が映画化したのが、本作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』だ。1929年に起こった世界恐慌以来の世界的金融危機、通称「リーマン・ショック」で、銀行や企業、個人投資家などが阿鼻叫喚の狂態を繰り広げるなか、いち早く市場の動向を把握し、逆張りで大金を稼いだ一握りの人々の成功を描く物語である。

 本作では、『マネー・ボール』のような本格派の映画的な演出は採用されず、次々とカットが切り替わるモンタージュを多用する手法で、金融危機の顛末を軽快に語っていく。それは、本作が本質的にコメディー映画であることを一端で示している。コメディー映画の監督、アダム・マッケイが起用され、コメディー俳優であるスティーヴ・カレルが出演していることからも、それが理解できるだろう。スティーヴ・カレルは本作の前に、実際の殺人事件を基にしたシリアスな映画『フォックスキャッチャー』に出演しているが、注意深く見てみると『フォックスキャッチャー』も、じつは不謹慎なコメディー映画として撮られていることに気づくはずだ。

 リーマン・ショックにまつわるエピソードを並べていくだけでも、喜劇的な発想を追い越すほどの荒唐無稽な事実が興味深い本作だが、この題材を商業映画作品として成立させる際に障害となるのが、やはり本作を理解する上での、経済用語など専門知識の最低限の知識が観客に要求されるという点であるはずだ。本作ではそれらの知識を、観客に向けて直接スペシャル・ゲストに説明させるなど、飽きさせないように楽しく学べるような演出が随所に施されている。つまり映画自体に、一部TV番組のような「ハウツー(how-to)」的な役割が与えられているのである。この持続的なリアリティを減退させる、反映画的ともいえる特徴的なつくりをどう判断するかが、本作の評価の大きな分かれ目であるだろう。

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クリスチャン・ベール

 クリスチャン・ベールが演じる、いつも大音量でヘヴィ・メタルを聴きながら市場の動きを読み取っているエキセントリックなトレーダー、マイケルは、「サブプライム・ローン」といわれる住宅ローンを証券化した金融商品の怪しさに目をつけ、これはやがて債務不履行になると予想を立てる。彼は銀行に出向き、多額の保証料と引き換えに、サブプライム・ローンの価値が暴落したときに支払われるはずの保険金を譲り受けるという、"CDS"と呼ばれる取引の契約を結ぶ。サブプライム・ローンは、格付け会社が高評価を付けている優良商品であるため、銀行は喜んで権利を譲渡した。

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スティーヴ・カレル

 また一方では、ごく数人の投資家達がマイケルの策動をキャッチし、サブプライム・ローン暴落を察知していた。その一人、ライアン・ゴズリングが演じるドイツ銀行のトレーダー、ジャレッドは、スティーヴ・カレルが演じる、モルガン・スタンレーの子会社のヘッジファンド・マネージャー、マークの協力を仰ぎ、同様にリスクを取って"CDS"取引で保険金の権利を買い漁らせようとする。マーク率いる会社のチームが、この情報の信憑性を確かめるため、サブプライム・ローンが適用されている実際の住宅を見学しに現地に出張すると、あまりにもでたらめな状況が展開されていることに唖然とする。不動産業界は、明らかに支払い能力が無く、金利などの知識もない移民や貧困層にローンを組ませていた。その結果、ローン滞納者に溢れた新興住宅地はゴーストタウン化していたのだ。サブプライム・ローンは事実上破綻していた。

 観客である我々の多くは、金融危機が発生することを既に知っているので、そこに大きなサスペンスは発生しないだろう。だが、この映画が面白くなるのはここからだ。サブプライム・ローンの実態は明らかに破綻しているのに、証券の価値が一向に下がらないのである。
「なぜ、価値が下がらないんだ…?」
多額の保証金を払い続けている彼らは、この謎の持久戦に消耗し、疲弊していく。その秘密が明らかになっていく、後半の馬鹿らしいともいえる驚愕の展開は、是非作品を通して確認してもらいたい。

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