東京国際映画祭ディレクターが語る、日本映画界の課題「多様性が失われているのでは」

東京国際映画祭・矢田部吉彦インタビュー

 スペースシャワーTVの高根順次プロデューサーによる連載「映画業界のキーマン直撃!!」第10回は、東京国際映画祭(以下、TIFF)にて作品選定ディレクターを務める矢田部吉彦氏にインタビュー。TIFFの社会的な役割から、日本の映画界が抱える問題点や、昨今のアニメ映画の流行についてまで、忌憚のない意見を語ってもらった。(編集部)

「日本らしい文化が映り込んでいることが期待されてしまう」

ーー矢田部さんは元銀行員なんですよね? どんな経緯で東京国際映画祭(以下、TIFF)のプログラミングを?

矢田部:映画の仕事がしたいと思い始めたのは、銀行の社内留学制度を利用してイギリスのロンドン郊外にある大学に留学したのがきっかけです。大学キャンパス敷地内の映画館は良いプログラムが組まれていて、とても面白かったんですけれど、ほとんどの作品は日本未公開だということに改めて気付いてしまったんです。そこで、もし海外の映画を日本に紹介するような仕事があるなら、自分はそれをやってみたいなと。また、映画祭という空間が大好きだったので、ビジネスにとらわれすぎずに、映画祭を手掛けてみたいと思うようになりました。その後、会社を辞めて自分で買い付け配給をしてみたり、映画祭のスタッフを手伝ったり、ドキュメンタリー映画のプロデューサーみたいな事をしているうちに、だんだんと映画祭の仕事が増えていって、12〜13年前くらいから映画祭に専念するようになりました。TIFFのディレクターとしては10年目ですね。

ーー公益財団法人ユニジャパンの社員として、TIFFに関わっているのですか?

矢田部:TIFFの運営はユニジャパンが行っていますが、僕はフリーランスとして契約しています。映画会社の出向者とフリーランスのスタッフが集まって、毎年やっている感じです。東宝、東映、松竹、角川の出向者がいますが、特に幹事会社があるわけではなく、フリーランスも出向者も関係なく溶け込んで一緒にやっているのが、面白いところでもあります。そのほかのスタッフはアルバイトだったり、学生インターンだったり。ピーク時の9〜10月はスタッフ数も多くなりますが、11〜12月には解散して、春くらいからまた動き始めるというパターンです。スタッフが一新されるのでノウハウが蓄積されないという批判があった時期もあるのですが、ここ10年くらいは通年のスタッフもいて、毎年開催できる体制は整っています。しかし、年に9日間しかないイベントなので、限られた予算の中でどうスタッフィングしていくかは、例年の課題ではあります。

ーーそもそもTIFFはどういう目的で運営されているのでしょう?

矢田部:1985年に、日本にも世界に通用する国際映画祭を作ろうと、各映画会社が政界とも手を取り合い、映画文化の振興を掲げて発足したのが始まりです。初期の頃は隔年開催でしたので、2017年で第30回になります。映画文化を盛り上げること、日本映画を海外に向けてアピールすることが、主な目的ですね。最近は外国映画の人気が落ち着いてきて、日本が少し閉じているような印象も受けるので、日本の映画ファンに外国映画をもっと観てもらうのも、大きなミッションになりつつあると考えています。

ーー僕自身は音楽業界にいて、音楽という表現は思っている以上に国境を越えられないと実感しているのですが、日本映画を海外にアピールするのも課題は多そうです。

矢田部:そうですね。僕の友人にトルコ人の監督がいるのですが、彼がとある映画祭に出品しようとしたら、「君の映画は面白いんだけど、トルコ映画っぽくない」という理由で断られて憤慨していたんですよ。「それはひどいね」って言って一緒に笑っていたんですけれど、映画祭のプログラマーとしては、向こうの言い分もわかるところがあって。我々もトルコなどの外国映画だと、どうしてもその国の伝統や風習が映り込んでいることを期待してしまうんですよ。同じように、日本映画にも日本らしい文化が映り込んでいることが、海外からは期待されてしまう。とはいえ、実際の日本と海外の方が思い描く日本にはやはり隔たりがあって、それを埋めながら万国共通で楽しめるものと考えると、なかなか難しい。是枝裕和さんや河瀬直美さん、最近であれば深田晃司さんがカンヌ映画祭を賑わしていますが、やはり国境の壁は高く、日本映画の海外進出はすごく大変なことだと感じています。

ーー一方でアニメ映画の勢いはすごいですね。『君の名は。』が海外でも高く評価されるなど、日本映画にとっては活路とも言えそうですが、矢田部さんはどう捉えていますか?

矢田部:アニメに関してはまったくの門外漢ですが、今年大きな話題となった『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』の三本は観ました。TIFFでもアニメ映画の特集をやるなど、近年は力を入れているところです。ただ残念なのは、日本のアニメが海外で受けているものの、日本のアニメ市場は外国アニメにほとんど興味を示さないんですよね。だから、東京国際映画祭に外国産のアニメの応募があっても、なかなか上映にまで至っていません。アニメに限らず、外国の作品に対する関心が下がっていることに、僕は大きな危機感を抱いているんですが、その原因のひとつとして考えられるのは、情報が多すぎて逆に届きにくいという皮肉な状況になっているからではないかと。10年前は年間500〜600本だったのが、いまは1200〜1300本近い作品が公開されています。そうなると、情報が散ってしまって多くの人はブロックバスター映画にしか目を向けなくなってしまう。作品が多くなったことで、かえって多様性が失われているというか。『君の名は。』がものすごくヒットしたのも、そうした状況に依るところもあったのでは。

ーー作品自体についてはどう思っていますか?

矢田部:『君の名は。』は、日本的な風景や文化を数多く盛り込んだことで成功した例ではあるものの、是枝さんも指摘していたように、“女子高生とタイムスリップ”はもう十分なんじゃないかなと、個人的には思っています。若い人たちが作る自主映画を観ていても、夏の青空と入道雲とセーラー服を映した作品があまりに多くて、少々辟易としています。もちろん、そういう作品を撮るなというつもりはないし、『君の名は。』は素晴らしい成功例だとは思います。ただ、海外のクリエイターの作品と較べると、幼稚な題材が目立つこともある。もう少し、大人の成熟した視点で作られた作品があっても良いのでは。

ーー“女子高生とタイムスリップ”に限らず、ただ消費されていくような作品が数多く作られて、結果として秀作が埋もれている状況だとしたら、それはもったいない感じがしますね。

矢田部:以前、ドキュメンタリー作家の松江哲明監督と「作れる状況ならどんどん作るべき」なのか「作れば良いってものじゃない」のか、話し合ったことがあって。松江監督は後者の意見で、僕自身も最近の状況を見て、少しそう思うようになってきました。クリエイターの 「映画を作りたい」という欲求は否定できないですが、 映画は人に見られて初めて完成するとも言いますし。作品数も多ければ良いというものではないのかもしれません。

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