ジャパニーズ・ホラーはただの流行りものではなかったーー『ザ・リング/リバース』に見るその行方

小野寺系の『ザ・リング/リバース』評

 一時期、世界的なブームとなった「ジャパニーズ・ホラー」。その火付け役となった代表的作品といえば、中田秀夫監督の『リング』(1998)だ。「見ると7日後に死ぬ」という“呪いのビデオ”を見てしまった主人公が、その映像の内容を調査し、助かる方法を模索するという、都市伝説風の題材を扱った、ホラー・サスペンス小説の映画化作品である。西洋的な恐怖映画でもなく、また従来の日本の怪談映画とも異なった、斬新なホラー表現。さらに、テレビから貞子が這い出して迫り来る場面は話題を呼び、『リング』は映画史に残るホラー映画となった。

 その圧倒的表現をハリウッドが見逃すはずもなく、そこから舞台をアメリカに変えたリメイク作『ザ・リング』(2002)が作られ、予想を超える大ヒットを記録したことで、オリジナル監督である中田秀夫が手がけた続編『ザ・リング2』(2005)を含めて、その後の数年間にわたり、アメリカでジャパニーズ・ホラーを基にした企画が増えることになる。

 久しぶりのハリウッド・リメイク版となる本作『ザ・リング/リバース』は、同じプロデューサーによる企画ということもあり、“呪いのビデオ”の映像など、ナオミ・ワッツが主演した前2作と関連する部分は残っているが、新たな工夫を加えたうえで、もう一度1作目の物語をやり直している。今回は、そんな『ザ・リング/リバース』の内容を追いながら、ブーム後のアメリカにおけるジャパニーズ・ホラーの行方について考えていきたい。

 日本の映画『リング』シリーズでは、顔が隠れるほどの長髪で白いワンピースを着た“貞子”というキャラクターが作品の代名詞となっているが、ハリウッド・リメイク版では、同じ格好をした“サマラ”という11歳の少女が貞子の役割を担っている。生前に不思議な能力を持っていたサマラは、その歳で井戸に突き落とされ、苦しんで死んだことで、現世に恨みを残した。呪いのビデオとは、井戸の底で抱いたサマラの念が映像となったものであり、それを見る人々に死の呪いを振りまいていたのだ。

 久しぶりのリメイクということもあって、本作になるともはや人々は、ビデオデッキでなく、パソコンのモニターやスマートフォンなどで呪いの映像を視聴するようになっている。面白いのは、「映像をコピーして他の人物に見せれば助かる」というルールが、ちゃんとパソコンのデータをコピーすることでも機能する部分である。本作のサマラの念は、呪いを広めるためにしっかりと時代に対応し、様々なデジタル機器の機能に適合しているのだ。

 本作の冒頭では、呪いの映像を見てから7日後に、ちょうど飛行機に乗って移動する人物が登場する。ファンの間では、インターネットなどで「サマラ(貞子)の呪い」から逃れる新しい方法がないかという話が、いままでに冗談半分で議論されてきたが、そのなかには「飛行機に乗っていれば追って来れないんじゃないか」という意見があったり、「テレビの画面部分を床に倒してしまえば出て来れないんじゃないか」と言われたり、「スマホしか無い状況であれば、小さな画面から“ちっちゃいサマラ(貞子)”が出てくるんじゃないか」と、ネタにされてきた。本作では、それらの障害をサマラが全部乗り越えてくる。そして最終的には、人を呪い殺すための頑張りを応援したい気持ちにすらなっていく。

 一時期、ホラーの最先端といえばジャパニーズ・ホラーであり、ハリウッドでもリメイク作を手がけることによって、その恐怖感覚をとり入れようと躍起になっていた。ジャパニーズ・ホラーのブーム後も、日本ではいろいろなホラーの趣向が試されてきたが、『リング』や『呪怨』シリーズのような、世界を巻き込むまでの普遍性を持った恐怖表現はいまだ出てきていないのが現状だ。それではジャパニーズ・ホラーは、世界規模では役目を果たし終えてしまったのだろうか。

 しかしその後、「ホラー・マスター」の異名をとるジェームズ・ワン監督が、『インシディアス』や『死霊館』などのオリジナル作品によって、本人が黒沢清監督などからの影響を公言するように、ジャパニーズ・ホラーにおける恐怖感覚を“化学の実験”のように抽出しながら、従来の西洋文化の恐怖表現と結び付けることに成功している。

 ホラー映画・歴代興行収入1位という記録を打ち立てた『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』でも、スライド投影シーンなどで『リング』、そして『リング2』を想起させる部分があるなど、いまや「ジャパニーズ・ホラー」は、ただリメイクの題材になるだけでなく、その恐怖の本質部分が利用されるようになってきたといえるだろう。それはあたかも、寿司や天ぷらなどの日本食レストランを流行させる時期が終わり、自国の料理のなかに、味噌・醤油などを隠し味に入れるような、お互いの文化が、より溶け合う段階に入っていることを示しているように思える。

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