2018年上半期ホラー映画を取り巻く状況 クオリティーの低い作品が劇場に?

2018年上半期ホラーを憂う

 振り返ってみれば、2018年上期、ホラー映画は元気のない作品が目立った。特にリメイク地獄、続編地獄に陥っている洋画は悪夢のようだ。『ザ・リング/リバース』や『レザーフェイス―悪魔のいけにえ』など最たる例だ。

『ザ・リング/リバース』(c)2017 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

 『ザ・リング/リバース』は、使い古しのネタを新しいテクノロジーに置き換えるだけという、『ポルターガイスト』のリメイクで散々批判された手法を使った、原点回帰という名の思考停止作品だった。サマラ(貞子)がTVから出てこようが、液晶ディスプレイから出てこようが、『リング』という物語自体が、シリーズを通してオチへの筋道と死の演出が決まっている。だから劇的な変化は望めないし、それを知っている以上、退屈な作品になる。その上、聖職者の児童虐待・監禁などという上っ面だけの社会派ネタをぶち込み、ただでさえ退屈な物語を間延びさせるという悪手を打って、批評家から総スカンを食らった。

『レザーフェイス―悪魔のいけにえ』(c)2017 LF2 PRODUCTIONS ALL RIGHTS RESERVED

 『レザーフェイス―悪魔のいけにえ』は、アメリカンニューシネマ風『悪魔のいけにえ』前日譚。精神病院を脱走した少年のロードムービーだが、デキの悪い『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のような脚本をレザーフェイスというアイコンで誤魔化しており、ホラー映画としても、ロードムービーとしても中途半端。保安官が豚に喰われるところしか記憶に残らず、『殺人豚』を観なおした方がマシと思えるほどだ。そもそも『悪魔のいけにえ』のソーヤー家の恐ろしさは“正体不明”であることなのに、それをクドクドと時間をかけて説明するナンセンスさには絶望すら感じる。

 ホラー映画の本質は、恐怖を味わうことであり、その恐怖とは観たことがない、体験したことがない、理解することができない事象、あるいは抗えない不幸な物に対する感情の隆起だ。

『ワンダー 君は太陽』(c)2017 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC and Walden Media, LLC. All Rights Reserved.

 そういう点では、一般のヒューマンドラマの方が、よっぽど恐怖を味わえる。容姿が”通常とは違う”少年の物語『ワンダー 君は太陽』は、ピーター・ボグダノヴィッチの『マスク』と少し似た話だが、“クラスメートほぼ全員が団結して奇形の少年を迫害する”という現実世界でも到底あり得ない展開で、心底気分が悪くなる。典型的なTear Jerker(涙ポルノ)映画特有のご都合主義的な展開(だって、容姿が人と違っていても“慣れる”でしょう?)とはいえ、偏見に満ちた社会の恐怖を存分に感じられる。

『スリー・ビルボード』(c)2017 Twentieth Century Fox

 『スリー・ビルボード』も恐ろしい映画だ。母に手を上げようする父の首筋に、息子が素早くナイフを当て、動きを止める場面のなんと強烈なことか。過去、どれほど恐ろしいDV行為が行われていたのかが想像できるし、作品全体を取り巻く憎しみと不幸は、ジョークにすら思えるほどペシミズムに満ちている。

『霊的ボリシェヴィキ』(c)2017 The Film School of Tokyo

 では、2018年上期のホラー映画は全く駄目だったのか?というと、そうではない。良作もあるのだ。『霊的ボリシェヴィキ』は、作品を観るだけで“幽霊を見る”という行為を観客が体験できるという画期的な作品。霊的磁場が強い場所で、とある目的のために、登場人物が霊的体験を語りあうという内容だが、ただの怪談映画ではない。冒頭から画面をオーブのようなものが横切り、次第に微妙な色調の変化や画面の乱れ、聞こえないはずのノイズが密かに観客の目や耳を侵しはじめる。難しいことを考える必要もなく、ただ観る。それだけで怖い物見たさで心霊スポットを訪れた人が期待する現象を、映画を観るだけで味わえるのだ。非常に実験的な作品であり、劇場公開の規模も小さかったが、見事な“ホラー映画”だった。

『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷』(c)2018 Winchester Film Holdings Pty Ltd, Eclipse Pictures, Inc., Screen Australia and Screen Queensland Pty Ltd. All Rights Reserved.

 現存する幽霊屋敷「ウィンチェスター・ミステリーハウス」を舞台した『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷』も良い。これまでの幽霊屋敷映画とは一線を画し、“悪魔”や“神”の存在を徹底的に排除。ただ狂ったように屋敷の増築を繰り返すウィンチェスター夫人の奇妙な振る舞いと、“心霊現象”のみに着目し、幽霊屋敷映画らしからぬスピード感溢れる内容に仕上がっている。ヘレン・ミレンの異様とも思えるオーバーアクトも見どころだ。

 こうしてみると2018年のホラー映画事情は、さほど酷いようにも思えない。しかし、本当に観るべきホラー映画は一般公開されておらず、劇場主催イベントでのみ上映されているのだ。例えば、ブラック企業社員がゾンビウィルス感染のどさくさに紛れて会社で大暴れする『Z Inc. ゼット・インク』、カルト教団に洗脳された息子を救うために山奥の家に立て籠もった一家を襲う恐怖『ジャッカルズ』、横暴な彼女に振り回され続ける青年が連続殺人事件を犯す『68キル』等々、体験したことのない、観たことない、抗えない恐怖が最高に詰まった作品たち……これらは全て年頭に開催された劇場主催イベント「未体験ゾーンの映画たち」限定公開である。

 つまり『ザ・リング/リバース』のようにホラー映画としてのクオリティーが低くとも、一定の集客が見込める知名度の高い作品が優先的に劇場公開され、恐怖という“ホラー成分”は、一般のヒューマンドラマ映画から歪んだ形で感じることが多くなっている。そして、真のホラー映画は期間限定公開、あるいはDVDスルーされて沈んでいくのみ。まさに暗雲立ち込める、といったところだ。

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