ジャクソンハイツは楽園ではない フレデリック・ワイズマンが浮き彫りにした世界を考えるヒント

F・ワイズマンが迫る、ジャクソンハイツ

 様々な民族の人々が共存し、「人種のるつぼ」とも言われるニューヨーク。なかでも、もっとも多民族が集まり、167もの言語が飛び交うというエリアが、クイーンズ区にあるジャクソンハイツだ。この地区は、100年程前にマンハッタンに通勤する中産階級向けに開発された。やがて、そこにブロードウェイで働くエンターテイメント業界の人々が住み始めると、ゲイ・コミニュティが生まれることになる。そして、当初は白人だけが住むエリアだったジャクソンハイツが変わっていったのは60年代に入ってから。まず黒人が住むようになり、さらに南米やアジアからの移民が急増。現在では、ニューヨークで最も移民の比率が高いエリアになった。そんな街に住む人々に焦点を当てたドキュメンタリーが『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』。監督はアメリカを代表するドキュメンタリーの巨匠、フレデリック・ワイズマンだ。

 作品に触れる前に、ワイズマンのユニークな作風について紹介しておこう。多くのドキュメンタリー映画は、撮影前に題材について詳しく調査して、それに基づいて映画の流れや構成=台本を作っていく。一方、ワイズマンは題材を決めると、簡単な打ち合わせをするだけでいきなり撮影を始めるのだ。撮影する対象に先入観を持たないことがワイズマンの信条で、「撮影することが調査」だと彼は言う。そして、気になるものをどんどん撮影して、撮影終了後に撮りためた素材を吟味。シークエンスごとに、星1つから星3つまで三段階で評価して振り分け、絞ったものを半年かけて編集していく。その段階で映画のテーマが浮かび上がってくるという。そして、映画にはナレーションや音楽を加えず、撮影時に録音した音だけを使う。

 こうした「台本がないドキュメンタリー」は、日本のドキュメンタリー監督、想田和弘にも影響を与えたが、こうした手法をとることで、観客は映画のなかで起こる出来事に対して、作り手の意図を介さず、自分の感覚で判断できるのだ。40作目となる本作でも、ワイズマンのスタイルは貫かれている。ワイズマンは9週間に渡って、ジャクソンハイツの「路上」「商業施設」「宗教施設」の3つのポイントで撮影。120時間分の撮影素材を10カ月かけて編集した。

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