平成ドラマ史を振り返る評論家座談会【後編】 再編成される会社ドラマと、純度の高い恋愛ドラマ

平成ドラマ座談会【後編】

 1989年から2019年の30年間に渡った「平成」。ドラマ評論家による座談会の後半では、同じくドラマ評論家の成馬零一氏、ライターの田幸和歌子氏、大山くまお氏を迎え、2000年代以降を中心に登場した脚本家や劇的に変化したドラマの作り方について深掘りしていく。

※平成ドラマ史を振り返る評論家座談会【前編】 “暗さ”を楽しめた1990年代と、俳優・木村拓哉

会社ドラマの再編成

『わたし、定時で帰ります。』(c)TBS

田幸和歌子(以下、田幸):今はドラマの作り手と受け手(視聴者)の距離が本当に近くなっていますよね。リアリティを何より求められるようになった。『獣になれない私たち』(2018、以下『けもなれ』)、『わたし、定時で帰ります。』(2019、以下『わた定』)なんてまさにそうで。

成馬零一(以下、成馬):「定時に帰る」ことが論争になってしまう。これは私のリアルと違う、という話になっちゃうわけですが、昔はそこまで私と似てるかどうかで喧々諤々やらなかったと思うんですよ。もうちょっとお話として見ていたからこそ、ドラマとして楽しめたし、素直に憧れることもできた。今は現実との答え合わせばかりが先行していて、ちょっと息苦しいですよね。これはどちらかというと受け手の側の問題なんだと思います。あと、平成最後っていうことでいうと会社ドラマの再編成はちょっと起きてる気がします。会社をもう1回ちゃんと考えなおそうよっていう動きがドラマに出てきている。

大山くまお(以下、大山):ホームドラマ的な家族は完全に解体されたんですけど、会社が今後解体されていくのかどうか。

成馬:基本的に今の会社モノは、所属する人たちの動機がバラバラでコミュニティとして機能しないことを前提に作られているんですよ。上の世代も下の世代もみんな考えてることがバラバラなんだけど、お金稼ぐために一緒にいるっていう理不尽な環境自体がドラマになっている。学校で10代の高校生を主人公にしても今はドラマにならない。せいぜいイジメやスクールカーストが題材になるくらいですけど、会社を舞台にすると労働問題から女性差別まで全部描けるのでネタの宝庫なんだろうと思います。

田幸:でも、学校を舞台にするものでは、『今日から俺は!!』(2018)は原作ファンの中年層と、リアルな学生と、親子世代を取り込めた上手な作りでしたよね。

成馬:あれは80年代ノスタルジーを描いたコメディだから受けたのであって、現実の学校とは別モノだと思います。『3年4組―今からみなさんは、人質です―』(2019、以下『3年A組』)も学校よりもSNSに対する関心の方が大きかったですし、リアルな学園ドラマは今作るのは難しいですね。あと、時代の移り代わりを象徴しているのが、遊川和彦さんの変遷だと思うんですよね。遊川さんは80年代から活躍している脚本家なんですけど、本当の意味で彼の作家性が確立されていたのが『女王の教室』(2005)。そこで作った方法論を発展させたことが『家政婦のミタ』(2011)の大ヒットに続いていくんですけど、遊川さんは一貫してコミュニティの話を書いていて、どんどん家族や夫婦の話に集約していくんですよ。そんな遊川さんが最近書いた『ハケン占い師アタル』(2019)は会社の話で、今までは家族や恋人に救いを求めていたのが、会社で問題を解決という方向にシフトしている。おそらく『過保護のカホコ』(2017)で家族の話はやりきったんでしょうね。今度は様々な立場の人が集まる会社というコミュニティを通して、社会と向き合おうとしているように見える。

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田幸:遊川さんの作品は、このところ作風がすごく優しくなりましたよね。

成馬:時代の変化も大きいですよね。90年代は野島伸司ドラマを筆頭に露悪的な作品が受けていたけど、『半沢直樹』(2013)をピークにして炎上狙いの露悪的な作品に対する目線が厳しくなっている。『半沢直樹』以降、メガヒットが出ないのも、それが原因でしょうね。

大山:イヤなものが見れなくなりましたよね。

田幸:勧善懲悪のドラマがわかりやすくたくさんある一方で、悪役はそれほど「悪」じゃないんですよね。ホラー要員かお笑い要員のどちらか、あるいは両方を担っていて、本当の悪役じゃない。

成馬:みんな仲良しだったり、わかりやすく不快なものや悪を描かなくなっている。「誰も傷つかない平和な世界」が今、一番求められている。それだけ震災以降の現実が波乱万丈で過酷なんだと思います。

大山:人殺しみたいな犯罪者だったら描けるんですけどね。日常にある本当に嫌な奴とか倒すべきものとしては、『けもなれ』の社長役の九十九(山内圭哉)さんがいますよね。

成馬:同じく野木亜紀子さん脚本の『逃げるは恥だが役に立つ』(2016、以下『逃げ恥』)は見れたけど、『けもなれ』は辛くて見れないと拒絶した人が多かったですよね。『逃げ恥』が成功したのも、うまく悪人や不快な要素を排除していったという配慮があったからなんでしょうね。

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田幸:確かにシリアスなものに1クールかけて向き合えなくなっているのはすごくあります。朝ドラでも1週間の中でだいたい解決しますし、悪人のいない優しい世界を描く作品が増えている。

成馬:TBS日曜劇場でやっている池井戸潤の原作のドラマだと「残業当たり前」みたいな世界で「みんな徹夜していいものを作ろうぜ」という価値観が良きものと思える昭和世代がいる一方、「定時に帰りたい」と思っている平成世代もいて、会社の中で分裂が起きているわけですよ。『けもなれ』はそんな会社内での世代間の価値観の違いを的確に描いていました。

大山:『下町ロケット』(2015-2018)なんて完全にコミュニティものなんですよね。「会社というのは家族なんだ」という昭和っぽさがあって、良いんだけどそれのカウンターとして『けもなれ』と『わた定』が出てきてるわけですもんね。

成馬:バブル崩壊以降、会社モノがどんどん描けなくなっていて、刑事ドラマや医療ドラマでしか組織が描けなくなった。おそらくドラマで恋愛が描けなくなるのと同時に会社も描けなくなっている。会社内で出世していくという『課長島耕作』(1993-1998)的なものにリアリティを感じなくなって、社内恋愛も見かけなくなって、会社と恋愛が描けなくなった結果、コミュニティの話がされるようになった。

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